2013年08月17日

続★麻生太郎は結局何が言いたかったのかを、考える。副題「そうだったのか!麻生太郎」「あっそう」

麻生氏の発言で宮台真司さんに噛み付かれましたw - Togetter

ということで前回かなり脱線したのでシンプルにします。
宮台氏のまとめである《改憲論議は静かに。騒ぎになれば変えられるものも変えられない。騒ぎになって靖国参拝しづらくなったのと同じ。静かにやればワイマール憲法もナチス憲法に変わる》は、わたしの「答え」とは違いますが、特に間違ってないと思いました。

その一方@suika_sheep氏の<「憲法改正論議に関しては喧騒の中でやって欲しくない」=「一番言いたいこと」 であるのは明白でしょう。>というご意見も、特に間違っているわけではないと、思いました。

どちらもペーパーテスト的には95点〜80点はいってるんじゃないですかね。

しかしながら点数はともかく、両者にはどちらにも難点があると思いました。@suika_sheep氏の方、特定箇所に下線を引いてそこを「言いたいこと」とするのは乱暴すぎます。なぜなら、ひとつのセンテンスはひとつの意味を意味しない、という極めてやっかいにしてユニークにして楽しい言語の宿命があるためです。そのため前後左右に膨らみをもたせたり、レトリックを使用したり(この場合は「ナチスのやり口を見習う」など)と色々と長く語ることになるんですが、それに失敗すると、今度のようになる、という。

あと宮台氏の要旨だと、麻生氏がものすごく賢い人に見えてしまうので、マイナス5点。麻生氏はワイマール憲法もナチス憲法も分かってはいないのです。それにナチスのやったことや、歴史的意味などもさっぱり理解していないのです。仮にしていたととしても、為政者サイドとして多少囓った程度ではないでしょうか。理解していたら、たとえ偽悪的なポーズのためであろうと、ナチスを引き合いに出せるはずもなし。

☆ ☆ ☆ ☆

今回真剣に考えて、注目したポイントは三つ。

  • 麻生太郎氏は、一般に思われている以上に貴族意識が強い
  • マスコミの力が、強すぎる
  • 1、2の複合として、立憲主義を無視した憲法を作ろうとする麻生氏。それを国民に対して悪いとも国際的に問題があるとも思っていない麻生氏。常日頃マスコミに馬鹿にされ、それに耐えているので、十分民主的な気になっている麻生氏。

 

(お腹が減ったので中座)

(食べてきた)

で、偶然にも食後にテレビを付けてたら「テレビ朝日|そうだったのか!学べるニュース」が始まり、「そうだったのか!憲法改正」をやっていた。

まず冒頭、「(法律を守るのは国民だけど)憲法を守るのは誰か」という設問があり、「国家権力者」と解説し始めたので、少し安堵した。池上彰さんが大きく変な事を言うとは思わないけど、池上氏の乗っている船がマスコミである以上、油断はできない。結局、油断できないという一心で、最後まで見てしまった。

まるで、「わーわー騒ぐの、マスコミではないのだよ。マスコミは有意義なのだよ」と、根回しされている気分にもなった。
改めて、マスコミの力の強さを味あわされた。

 

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2013年08月14日

麻生太郎は結局何が言いたかったのかを、考える

ということで、朝日新聞が文字起こしをした麻生発言をつぶさに読んでみることにします。

アサヒコムの記事ブロゴスの記事

 僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。

このエピソードは、「正当な選挙で選んでも極悪独裁者は登場する」実例として、民主主義に疑いを差し挟むためによく使われるものです。が、麻生氏はいったいなぜここでそれを出したのでしょうか? わたしとしては、いつまでもドイツ人の過去の過ちを引き合いに出すなんて、ドイツ人もいい迷惑だなあと思うばかりです。これじゃあ、「日本に侵略された」といつまでも謝罪を要求する中国人や韓国人を悪く言えないじゃないですか。

しかし今はそこは置いておきましょう。

 そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。ここはよくよく頭に入れておかないといけないところであって、私どもは、憲法はきちんと改正すべきだとずっと言い続けていますが、その上で、どう運営していくかは、かかって皆さん方が投票する議員の行動であったり、その人たちがもっている見識であったり、矜持(きょうじ)であったり、そうしたものが最終的に決めていく。

現行憲法をほめているんだか貶(けな)しているんだか、よく分からない事を言っています。しかしここを読む限り貶しては、いない。貶さず、どっちかというと、認めつつ、そういう良い憲法下であっても、ナチスのような事は起きる、という文です。

つまり麻生氏は、「憲法は改正すべき」。そしてそれがどんな憲法であろうと、最終的には議員の「運用の仕方次第」という考えを言っています。

これは、自民党議員〜麻生太郎氏を信じる者には通用する理屈ですが、そうでない者にとっては「それが一番不安なんだよ」と言いたい発言です。

 私どもは、周りに置かれている状況は、極めて厳しい状況になっていると認識していますから、それなりに予算で対応しておりますし、事実、若い人の意識は、今回の世論調査でも、20代、30代の方が、極めて前向き。一番足りないのは50代、60代。ここに一番多いけど。ここが一番問題なんです。私らから言ったら。なんとなくいい思いをした世代。バブルの時代でいい思いをした世代が、ところが、今の20代、30代は、バブルでいい思いなんて一つもしていないですから。記憶あるときから就職難。記憶のあるときから不況ですよ。

「20代、30代の方が、極めて前向き」との件、何に前向きと言っているのか、「憲法の改正」に前向き。中でも、国防軍の設置など表した9条の改正と推察します。ただ不明なのは、「記憶あるときから就職難。記憶のあるときから不況」とそれがどう結びつくのか。現行憲法のせいで就職難や不況と、言いたいのでしょうか? 謎です。

それにしても、72才の麻生氏、どういう理由で20代、30代に共感しているのでしょうか? 麻生氏の考えと20代、30代の考えがどこかで一致しているから、としか考えられません。それは何か。

たぶん、領土問題です。
この年代(の特に男性)の、領土問題と、日本海を挟んだお隣の国々への関心(おもに敵意)は、なみなみならぬものがあると、わたしは感じています。
これが何を意味するのか?
ひとつは、竹島や尖閣諸島は日本の国土なのだという思い。それを奪おうとする隣国への憎しみ、怒り。
同時に何よりも重要なのは、その思いを共にする者同士の連帯感、仲間意識。

やや脇道にそれていきますが、この下書きます。
今の20代、30代は一貫して、学校によりイジメ(はいけない)教育を受けてきました。
もちろんイジメはいけないのですが、その教育の内実は多分に教師や学校の保身です。
もしも、自分のところでイジメが起き、万一自殺者が出たら、マスコミがやってきて叩きまくって教育委員会ぐるみ批判しまくってさらし者にされて、大変なことになります。

そのため、相手の立場になること、相手がいやがることをしないこと、想像力をもつこと、などなど沢山教え、イジメの芽は早め早めに摘み取ってきました。
しかし人と関われば湧いてくるのは好感情ばかりではありません。どうしようもなく、イヤな感情も湧いてき、ひいては攻撃的になる時もあります。まして集団の心理力学は複雑です。イジメ、自殺はあってはならないことですが、マスコミが騒いでどうこうする問題ではないのです。

親も似ています。
わたしだけかもしれませんが、毎日毎日学校に子どもを送り出す中、自分の子どもが虐められてたらどうしよう。それで自殺したらどうしようと、怖くて怖くてたまりませんでした。
逆に、虐めていたらどうしようとも考えます。その可能性もあり、それも不安です。学校で起きていることはブラックボックスみたいなもので、子どもに聞いてもよくわからないのです。
どちらにしても、薄氷を踏むようにビクビク怯えて生きてきたのが、子育ての10〜17年間でした。

今の若い人は、パーフェクトな対人態度を見せる人が多いです。感じの悪い人が、本当に少なくて驚きます。 これもイジメ(はいけない)を含んだ思いやり的な教育の成果かもしれません。
しかしそれだと、子どもが対人関係で持つ、さまざまな感情や欲動のうち、かなりの部分に最初から縛りがかかるため、自身の疎外が生じ、平たく言えばいつまでたっても孤独と不完全燃焼感は解消されません。

しかしながらそう教育されていますから、身近な人間関係はそつなくこなします。
そして、その中で燃焼仕切らない感情の処理、という役割を兼ねつつ、とりあえず無関係な隣国の人間へは憎悪を堂々と持つ。加えて、同様な者同士の心強い連帯感を得ている、のではなかろうかという、そういう推測をしてしまうのです。

以上ここでわたしが言いたいのは、ひたすら9条の堅持を頭ごなしに言っても、抑圧でしかない、ということです。
20代、30代の胸中にあるものと、置かれた状況を真剣に考えて討議していくことが、本当の意味の「平和」を志す道であり、戦争がないことが平和ではない、という、よく言われる言葉です。

 この人たちの方が、よほどしゃべっていて現実的。50代、60代、一番頼りないと思う。しゃべっていて。おれたちの世代になると、戦前、戦後の不況を知っているから、結構しゃべる。しかし、そうじゃない。

「しゃべっていて」ということを、繰り返し言う麻生氏ですが、喋っている相手は自民党内部の人と思います。自民党内部の50代、60代だけで判断しているようなのですが、そんなのが判断材料になるんでしょうか。

 しつこく言いますけど、そういった意味で、憲法改正は静かに、みんなでもう一度考えてください。どこが問題なのか。きちっと、書いて、おれたちは(自民党憲法改正草案を)作ったよ。べちゃべちゃ、べちゃべちゃ、いろんな意見を何十時間もかけて、作り上げた。そういった思いが、我々にある。

 そのときに喧々諤々(けんけんがくがく)、やりあった。30人いようと、40人いようと、極めて静かに対応してきた。自民党の部会で怒鳴りあいもなく。『ちょっと待ってください、違うんじゃないですか』と言うと、『そうか』と。偉い人が『ちょっと待て』と。『しかし、君ね』と、偉かったというべきか、元大臣が、30代の若い当選2回ぐらいの若い国会議員に、『そうか、そういう考え方もあるんだな』ということを聞けるところが、自民党のすごいところだなと。何回か参加してそう思いました。

若い者の意見を古い体質や年功序列型思考で排除するではなく、「憲法改正草案」を作ったと、そこを自慢しているようです。「べちゃべちゃ、べちゃべちゃ」という擬音をなにゆえに使用せねばならないのか不明ですが、彼なりに臨場感を出したのかもしれません。

 ぜひ、そういう中で作られた。ぜひ、今回の憲法の話も、私どもは狂騒の中、わーっとなったときの中でやってほしくない。

問題の、静かに… がこのあたりから始まります。
文章で見る限りにおいては、麻生氏が言いたいのは、一生懸命に作った自慢の改正案なので、自分たちがやったと同じような静けさの中で考えてほしい、話しをしてほしい。と。そのように、受け取れます。

 靖国神社の話にしても、静かに参拝すべきなんですよ。騒ぎにするのがおかしいんだって。静かに、お国のために命を投げ出してくれた人に対して、敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。静かに、きちっとお参りすればいい。

 何も、戦争に負けた日だけ行くことはない。いろんな日がある。大祭の日だってある。8月15日だけに限っていくから、また話が込み入る。日露戦争に勝った日でも行けって。といったおかげで、えらい物議をかもしたこともありますが。

ここは上記20代、30代の琴線にとりわけ触れそうな箇所です。
ただ「騒ぎにするのがおかしい」か、おかしくないかは、麻生氏が一般人ではない以上、判断は保留しておきます。

 僕は4月28日、昭和27年、その日から、今日は日本が独立した日だからと、靖国神社に連れて行かれた。それが、初めて靖国神社に参拝した記憶です。それから今日まで、毎年1回、必ず行っていますが、わーわー騒ぎになったのは、いつからですか。

≪1952年4月28日 - 日本国との平和条約発効により主権回復。日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約発効。日華平和条約締結(8月5日発効)。GHQ廃止。≫via wikipedia

1940年生まれの麻生氏が1952年には誰かに連れられ靖国を参拝している。
お祖父ちゃんのお祖父ちゃんが大久保利通だったりと家柄の特別な方ですから、そういう事もあるでしょう。
ただそれは、あくまでも個人の思い出ではないでしょうか? 思い出は誰にもあります。そういった個人的な思い出を、おおやけの場所で、政治的事柄の説明、根拠として使うのは間違っています。

 昔は静かに行っておられました。各総理も行っておられた。いつから騒ぎにした。マスコミですよ。いつのときからか、騒ぎになった。騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。

話しの滑り出しでは否定できていたナチスを、ここでは肯定しています。

麻生氏がここで悪のヒーローぶって嘯いたのは「マスコミ」が話しに出てきたから。

マスコミとは、麻生氏にとって、由緒正しい家柄で国の要人であり特別である自分たちに色々と茶々を入れ、行動を制限する、不愉快な連中。

 わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない。

http://www.asahi.com/politics/update/0801/TKY201307310772.html

気になるのは、麻生氏にとっては、民主主義=マスコミなのだという事です*1。
「僕は民主主義を否定するつもりはまったくありません」と言っているのは、「僕はマスコミを否定するつもりはまったくありません」と言っているのと同義。
確かに血統書付きの家柄の麻生氏を、色々と小馬鹿にしているらしきマスコミですから、民主的に見えなくもありません。
が、そんなのを民主主義、つまりは話し合いで憲法論議をしていきたいと考える、多くの民主的な人々と一緒にするのは、あまりにも視野が狭くないでしょうか。

☆ ☆ ☆

そんなこんなで最後まで来たので、要旨をまとめます。

≪僕達が一生懸命に作った「憲法改正草案」を静かに肯定してほしい。静かによく考えれば誰だってこれしかないと思わずにいられない名憲法だから。そして黙って静かにこの憲法に変えるんだ。≫

もしも民主主義を本当に麻生氏が前提としているなら、憲法改正について話し合おうと、一言でも言うはずですが、それはなかったので上のようにまとめました。自民党内部ですでに話し合っているため、その他の話し合いというのは、考えていないようです。

なので、麻生氏肯定の人が言う「憲法改正論議に関しては喧騒の中でやって欲しくない」=「一番言いたいこと」の意味するところが、マスコミの騒ぎではなく、ちゃんと話し合おう。という意味ならば、それは素晴らしいのですが、そういう意味の「喧騒の中でやって欲しくない」とは、思えません。

☆ ☆ ☆

posted by sukima at 00:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | Politics | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月22日

2013年参議院選挙雑感。副題:9条は守るよりも使い道考えた方がよくない?

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今度の選挙には「ネット選挙運動の解禁」という大きな変化がついてきた。

最初はあまり自分には関わりがない気がしていたが、よく調べると「ネット選挙運動」は一般有権者にも行え、自分のリコメンド候補者を発掘して当選運動ができる、という、ちょっとしたサポーター気分を味わえるオツなものだった。

ただ今回初めてだったため、あまりよく活用できなかった。しかも家庭内選挙運動に失敗し、うちの若者二名を投票に行かせることもできなかった。いくら子どもでもハタチ過ぎれば大人なんだから親が口出しするなと言われりゃそれまでだが、動揺した。
どうして行かないんだと、考え込んでしまった。
が、まあしょうがないね。勝手にしやがれだ。

さてさてそんな中、とあるメルマガで知ったのが「民主党参院選スペシャルサイト声!|日本をよくする47のアイデアを聴く」だ。民主党が47名の人々から日本をよくするアイデアを聴いている。
落ち目の民主党が聴いてどうするって感じではあるが、ちょっと読んでみたら、けっこう面白いことが書いてあった。

それでわたしも「日本をよくするアイデア」を思いついたので、この下に記す。

参院選の勝利に気をよくした自民党はこのあと、「国民から改憲案にゴーサインが出た」ということで憲法を変えようとするだろう。
恐ろしいことに9条も例外ではない。
そうなると、またまた護憲派、とくに9条を死守せんとする言説が賑やかになるだろう。
賑やかくらいだといいのだが、殺気だってくることが予想される。
無理もない話しではあるが。
けれど同時に思うのは、9条とは深窓の令嬢の如く世の汚れから守ってあげる対象では「ない」のではないか、ということだ。9条にはこうある。短いので全部引用。

第9条 戦争放棄、軍備及び交戦権否認

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

国際紛争を解決する手段として、武力および武力による威嚇を放棄するというのなら、何を手段とするのか?
答えは、「武力以外」だ。
まちがっても、国際紛争を解決しようとしない、ではない。
「武力以外」のものって何だって話しだ。
人によってまさか答えが違うかもしれないが、外交とか説得とか話し合いとか交流とか、そういうものだ。
しかし9条を誇らしくもつ国として、それを本気で考えているとは思えないくらいに、日本では英語教育は効をそうしていない。残念ながら。もちろん英語以外の第二外国語もだ。なにせ、日本語を話す人間は世界で2%しかいないのである。それで国際紛争の解決手段が武力以外って、無理なんじゃないのか。

本来9条(とか憲法)とは、みんなで頑張って守り抜くというだけではなくて、9条の国なんだから何が何でも武力以外の方法を習得しないといけないという流れになり、ひいては9条のおかげで母語以外も堪能になり交流範囲が広がった、楽しくなった、となって、国民のためになる、のが筋じゃないだろうか。

他にもある。
男女がどれくらいの割合で社会に出ているか、だ。

日本は日本の女性就業率24位 OECD加盟34か国中
2013/7/17 11:51

経済協力開発機構(OECD)は2013年7月16日、加盟34か国の雇用情勢を分析した「雇用アウトルック2013」を公表した。

日本の25〜54歳の働き盛り世代の男性の就業率は92%と加盟国中スイスに次ぐ2位だが、同世代の女性の就業率は69%で、加盟国中24位にとどまった。
OECDは日本の女性の労働参加を促すため、長時間労働の削減や勤務時間の柔軟性向上、正規・非正規労働者の雇用保護格差の是正などの対策を取るべきだとしている。

via:日本の女性就業率24位 OECD加盟34か国中 : J-CASTニュース 同じ素材のハフィントンポスト→女性の就業率加盟国中24位 男性は2位なのに・・・要因は?=OECD雇用アウトルック【争点:少子化】

先進国中非常に低い女性の就業率という話しだ。つまり、男性は男性同士でかたまって同質な者同士だから、たいして難しいコミュニケーションはせずとも同一土俵で競争原理でいる。同じ肉体構造でだいたい似た感性の者同士なら、楽ではある。しかし、男女が共存するという、「よく分からない存在」がいるからこそのアソビと想像力が活性化してこない。
とても、平和から遠い姿だ。
9条の国としてこれでいいのか。
たまに、男女が半々くらいだと風紀が乱れるというか、不倫が多発する、みたいな心配をする人がいるが、そして不倫が相当嫌いな人も多いので言うが、むしろ、男女半々くらいの方が不倫などは起きにくいと思う。というのも、いくら男女が同比率でいるからといっても、同性との関係を無駄に悪化させたくないからだ。いうなれば、多い同性が「抑止力」になるのである。もちろん、どうしてもそうなりたい場合は抑止もヘチマもないが。

そんなこんなで、国家に対しては「まだまだぜんぜん、本気で9条を守っていないじゃないか」と。
そういう方向で国民サイドから国家へ命令を下してよいのではないだろうか。

(知らない人に解説:憲法とは、国が国民を管理するものではなく、国家権力の暴走を防ぐためのもの)

 

タグ:9条
posted by sukima at 03:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Politics | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

日記

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いろいろ調べてたら一日がすぎた。
有権者の選挙運動ってのはどんどんやるべきだね。
要は電子メールで運動しちゃいけないのと、候補者になりすますのと、嘘っこ情報流すのがダメ
あと未成年は選挙運動やっちゃダメ続きを読む
posted by sukima at 00:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 

 

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