2011年05月30日

新聞記事の、あの不毛にもややこしい「陸山会事件報道」を、どう読み解けばいいのか? もしくは、フクシマを止めるにはどうしたらいいのか・・・!!?

当ブログ、2010年の1月にも、ポメラのタイピング練習を兼ねて、東京新聞の一面に連載された「小沢vs特捜」を、がんばってデジタル化しつつ読解してみたことがあった。
結論だけ言うと、誰がどう悪いのか、何が問題なのか、さっぱり分らなかった。
(自分なら解る!!と思う人は「ポメラ生活もしくは、小沢vs検察」(拙記事)をお読みください)

tokyosinbun.jpgそして本日(5月29日)、同新聞一面に、24日あたりに「最大の山場を越えた」この事件の公判について書いてあった。
以前で懲りていたので、もちろんわたしはこんな記事を読む気にはならなかった。
しかししばらくして、あれほどヒステリックに小沢おろしに狂奔していたマスメディアの姿勢に何か変化があったろうか? という興味から一読してみることにした。

そうしたら、やはり、面倒くさい話しだった。
そのため、全文をブロック分けしてみることを思いついた。

記事には、二極化された組み合わせが三つ発見できる。ブロックにそれを利用した。()内、色分けを採用

1:2004年(茶色)vs 2005年(橙)
2:検察(赤)vs 弁護側(青)
3:元会長(マゼンタ)vs 元社長(黄緑)

おかげさまで、これで随分とシンプルになった。
これによって理解したのは、元社長が検察側の証人として、彼ら(大久保さん、石川さんという、ふたりの小沢さんの秘書。前者は2005年に、後者は2004年に5000万円を水谷建設からもらったことになっている。手渡したのはどちらも元社長であり、証言しているのも元社長のみ。金の出所元である元会長は<「私が手配した」と認める一方で「(石川被告に渡ったかは)分らない」と証言>、社用車運転手は、ホテルまで元社長を運んだ覚えがないと言っている)

こうなると、その5000万円、元社長なり誰なりがネコババしたのでは?とか、イヤでも思う。

ついでに2ちゃんねる見ると、【裁判】「手配した」 陸山会事件 水谷建設元会長、1億円「裏献金」の了解認めるという板があった。これのカキコの半分は反小沢意見だけれど、汚沢とか言っているカキコは検察とかマスコミがやっている可能性もあるので注意だ。

それにしてもこの水谷建設というの、福島県元知事の佐藤栄佐久氏を収賄のワナにはめた建設会社※でもあるというのだから驚きだ。これ、偶然にしてはできすぎではないか。どう考えても「ワナにはめるの専門会社?」と思ってしまう。

同板にも「前福島県知事の佐藤の時もそうだったけど、特捜と水谷周辺って 冤罪をつくるタッグだったんじゃないか」とあり、禿同だ。

ちなみにこの佐藤栄佐久氏、今週のTVブロスにもインタビュー記事と写真が載っている。氏を選んだのは冴えたチョイスだと思った。(これから読む)

しかし、そういう肝心なことは東京新聞の記事には、一言も出ていない。
東京新聞に良心を感じるとしたら、石川・大久保さんの顔に吹き出しを付けて、「断じてもらっていない」とキャッチーに表現している点と、以前ほど「小沢」というキーワードを使っていない点だ。

☆ ☆ ☆

スクープ 東電内部文書入手!「フクシマは止められない」
・・・作業員が次々被曝限度を超えていく。もうすぐ作業できる人間がいなくなる!

共産党都議団が都内各所で計った放射線量
・・・非常に高い線量が、あちこちで計測されている。このままだと子どものいる家庭は東京にいられない!

福島原発の状況がはかばかしくは改善されず、改善される見込みの乏しいことを証明する記事は、上記ふたつの他にも枚挙にいとまがない。海洋への汚染と、それによって日本の漁業が壊滅する予測などは、絶望の二文字しかなく「糸色望で三文字だ」などと万が一言われても笑うことはできない。

さらに、言葉にしたくはないが、5年後10年後に、今の子ども達の、XXX人にひとりなりの確立で起きるガンを考えれば、その確立を限りなくゼロに近づけるために、今しなくてはいけないことがたくさんあるはずなのだ。

今度、菅直人がフランスのサミットから帰ってくるという。
フランスで菅は、「自然エネルギーの発電総量を2020年代の早い時期に2割にまで高める方針」だの「原発安全向上をテーマにした国際会議の日本開催を打ち出す」などしたらしいけど、他の国の首脳、そんな話聞いているわけがない。ひたすら日本どうなってる海洋どうなると青ざめてただけ。日本開催の会議なんて、最低30年後でなくちゃ行く気なし。

そんなで、日本では「内閣不信任決議案」提出の動きが具体的になっていると。
菅直人、そこらを聞かれて記者団に、「党内の対応を信じている」と、三回言ったそうだ。※2

★ ★ ★ 

党内外の方々、首相に信じられるより、国民に信じられる判断を絶対してください。


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wikipedia佐藤栄佐久の、「辞職そして逮捕」を参照のこと
※2ここらのソース、同日の同新聞

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2011年05月20日

放射線被害への認識、その温度差。など

さっきネットをうろうろしていたら毒蛇山荘氏の文章が目に付き読んでみると、「昨今は誰も彼も、『原発、原発・・・』と騒いで」いるが、かの大東亜戦争の時谷崎はもくもくと発表のあてもなく『細雪』を書いていた、今の時代にも「俺は俺のやりたいことをやるだけ」という作家や思想家が一人二人はいてほしい、と愚痴を述べているのだが、そう思うのならご自分がそうすればいいだけのことで、それが読むべき価値のあるものなら、原発関連の話題でなくても読む人は読むはずだし、第一、読み手は別段東日本にだけいるわけではなく、福島から遠い人々にとって原発はそれほどは切迫した話題ではないだろうし、何も東京の読者にだけ読ませることはないのだ。

しかし、原発は毒蛇山荘氏が言うほどには単純ではない。トピックとしては「原発」の一言であっても、そこから飛散(もしくは流れ出)した放射線の有害性への認識は、人によって天と地ほど違いがあり、角度で言えば180℃、極で言えば北極と南極、水で言えば氷と沸騰したやかんの水蒸気…

少し前にラジオを付けたら、原発問題に早くから取り組み『核論』などを出版している武田徹氏というジャーナリストが出ていて、日本が原発大国にいたった道筋を説明していた。氏によると、まずもって不思議な点でもある「どうして広島長崎に原爆を落とされた日本が原子力エネルギーを始めてしまったか」という謎についても説明し曰く「被爆国であるがゆえ、ネガとポジが反転したようになった」。それを聞いてなるほどと思った。あと、わたしが勝手に付け加えるなら、原爆の開発研究は、帝國大學(現東大)もやっていた。しかし彼らはその競争に「負け」、日本が原爆を落とされた。帝國大學が原爆を作らなかったのは、もちろん「よい」ことではあるが、学問的には負けたことに違いがない。その悔しさを今だにひきずり、意固地になって「放射線なんか大したことない」と言い続けている。……昨今の東大関連の人の言うことを見ていると、そう思われても仕方ないほど意固地さを感じて仕方がない。多くの、東大にうらみなどあるはずもない市井の人が、放射線への不安を口にし、海外の人さえが警告し、しかも原子力エネルギー(の平和利用)推進派であるIAEA、もしくはICRPが警告したり勧告したりしているのすら軽視したり無視している姿を見ていると、要するに意固地になっているとしか思えない。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
東大の偉そうな学者にそう言われれば、多くの官僚や政治家などはそれを受け入れてしまう。

(まあ余談になるが)だからー男社会は駄目なんだとわたしは思う。男というやつは序列を作ったらそこに安住してしまう。序列が成立していなければやたらと競争したがるが、できあがったらそこでおしまい。だからー社会の男女比は5:5、それが無理なら6:4にまでもっていくようにし、なおかつ序列破壊は常に行われているべき。そのために単純な競争原理では駄目。なぜなら、女性は月のうち一週間は競争に参加できない(少なくとも3日)。こういうごく基本構造(をもつ女性)を大事することが第一であり、それができない男性は滅んでいただく。…などなどの持論を展開する機会をうかがっていたのだが、原発のせいでそれどころではなくなってしまったので、今ついでに言っておく。

今『人はなぜ逃げおくれるのか』(初版2004年)という本を読んでいる。p.30に、9.11の時、「救援のエキスパート」の言うことを過度に信じすぎたがゆえに世界貿易センタービルの64階から逃げ遅れ、亡くなったホーイ巡査部長らのエピソードが載っている。危機に関しては優秀そうなアメリカ人ですら、そういうことがままあるということだ。続けて著者は言う。「最終的に自分の身を守るのは自分自身であることを、しっかり自覚していなければならないだろう」と。

確かに、今度という今度は、ひしひしひしひしとそれを感じた。政府も、自治体も、世界のナンチャラ機構も、WHOも、国連も、誰も、この命、守ってはくれない。放射線の害についても、それは言える。しかしながら、子どもに自覚は期待できない。さらに、大人という大人がみな自覚をもち正しい判断をしていると信用できればいいが、そうは見えない。見えないどころか、真逆の事を行っている。

放射線の有害性に対する認識(暫定&私家版)
   安全度高
(危険度低)
安全度中
(危険度中)
安全度低
もしくは危険度MAX
行動■遠方への避難
■参照:小学校まるごと集団疎開支援プロジェクト(広島県)

■今後さらに状況悪化すれば海外移住まで視野に入れる(福島県に限らず、太平洋側東北と関東全域が対象)

■その時のためにも、世界に向けての情報公開は必須!!!!
■放射線検知器を使用し、地域の汚染状況を把握する
■高値の場所の除洗
■高値の物(土、草、芝など)をどかす
■どかした物の行き先を、政府、東電に考えてもらう
■子どもの通学路、校庭など、子どもの行動範囲を調べ優先的に放射線量を減らす
■各家庭でも、除洗の努力をする
■一人一台放射線検知器を持てるようにする
■何もしない
■放射線値が高い可能性のある茶園で茶摘みを幼児に行わせる
行動の根拠、メリット、デメリット■大変である■ふるさとにとどまれる。生計を営める。家族一緒にいられる。自尊心を守れる

■政府、自治体が一丸とならないと難しい。

■「心配しすぎ」などの、温度差の違いを乗り越えないと難しい

■30年間、油断はできない
■現在、自治体の長(福島県知事)らが、安全信仰にすがっている状態
何を食べるか以下は、遠方避難出来なかった場合

■遠方で採れたもの。ペットボトルの水。
■水道水などは適宜セシウム量などチェックしながら■海産物のプルトニウム、ストロンチウムなど調べもせずにバクバク食べる(現時点では、小魚が一番危険らしい)
■汚染された牧草を食べた牛の乳牛を、地元のために飲む
■地元の産業のために、子どもの給食に使用する
■地産地消
母乳■参照:東京で母乳から放射性物質が検出?茨城、福島、千葉でも
■何もしない
放射線に対する認識   
代表する主な人■子どもの健康を、最悪の事態を想定し、それを避けるために頑張っている人、福島県の親■同左。政府や自治体の情報を鵜呑みにせず、色々な情報を取り入れる人■現段階では
首相
枝野、細野?
文科省



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2011年05月17日

SUMMER TIME BLUES

2009年5月2日に亡くなった忌野清志郎がその若き日、1988年(当時37才)に作った『SUMMER TIME BLUES』は、明確な反原発のメッセージをもつものとして、23年の時空を超えて今また脚光を浴びている。この脚光、わたしも浴びせている一人で、初めて聴いたわけではないと思うが、しっかりと聴いた記憶がなかった。最近になってYoutubeで何度か聴きかえして、なんというか、清志郎の若さと痩せた体つきと鋭角な顔貌がなんとも格好がよくて、感銘を受けた。

むろん、カナメはそのメッセージにある。当時「37個」も建っていた原発(現在は50基以上)について「電力はあまっている」「いらねー 必要ねー」という認識は、実に正当なものだ。検索して調べると、歌詞に「ベトちゃんドクちゃん」が出てくることをもって批判する人もいて、確かにその部分は感心しない。しかしそれくらいの愚かさは、とんがった行為にはつきものではないだろうか?

今、清志郎が生きていたら、福島第一原発事故後のこの状況を見て何を思い何を言ったんだろう。生前「証明」されることのなかったメッセージの「正しさ」が、こうして証明された。彼は、正しかった。だからといって、欠片も嬉しくはないだろう。この正しさは「証明」されては絶対にいけない正しさだった。永遠の不証明へ向けてメッセージし続けるという、つまり、誰もその正しさを認証してはくれない歌を歌いつづけるという、無償の行為(=ロック)だった。が、原発はそんなものではなかった。ワレワレは詩人ではなくロックンローラーでもないのだから、詩と現実との間の距離を、頭と心をつかって縮めなくてはならなかった。


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2011年05月04日

「20ミリシーベルト」撤回要求 対政府交渉-福島の子どもたちを守れ!

save5.gif110502『「20ミリシーベルト」撤回要求対政府交渉「文科省、原子力安全委員会との交渉」』(WEB Iwakami)
「20ミリシーベルト」撤回要求 対政府交渉〜福島の子どもたちを守れ!(投稿者: ourplanet )

(ふたつは同じだけど撮影角度が違う。上のは、質問される側の文科省と原子力安全委員会の顔がよく見える。下のourplanetは、質問者側も映っている)

この交渉の模様は、充実した内容だった。
交渉の相手として前にいるのは、文科省の4名(答えていたのはワタナベという人一人)、原子力安全委員会から二名(答えていたのは一人)で、この面々をいたずらに責め立てるのではなく、強い必然に裏打ちされた論理性と明晰さを失わずに、きちんと冷静に詰め寄っていた。

まず最初に53000名の署名渡しなどがあって、早くものらくらし始めた文科省相手に福島瑞穂が百戦錬磨の凄みを利かせて先制攻撃をくらわすと、文科省ワタナベも目が覚めたかのように、姿勢をイヤでも正さずにいられなくなったらしく、答えるモードになった。

その後、福島瑞穂は国会に行く用事でいなくなったけれども、交渉の形は作られていたため、そのままスムーズに冷静に時々怒号まじりで、おこなわれた。

重大な要求内容がいくつかあった。
ごく簡単に整理してみる

1:郡山市が自主的に校庭の土を除洗した。そうしたら、文科省大臣は「除洗なんかしなくていい」と言った。

どうしてそういう事を言うのか。
除洗しなくていいのか?
20ミリシーベルトのままでいいのか?
そういうことを言わないでくれ

文科省ワタナベの答え:現在のところ、除洗はしなくてもいい。20ミリシーベルトでいいと言っているわけではない。低くする努力はしなくてはいけない。しかし除洗はしなくていい。ちゃんとモニタリングしている。

【sukima解説】

文科省の役人の言うことには論理性がないため、ここに書き写しても読者に理解してもらえる自信はない。しかし頑張る。つまり、ワタナベ氏の言おうとしているらしきことは、「努力は必要だが除洗はしなくていい」と。そこからして理解不能であり、福島親サイドも戸惑っていたが「除洗しなくては、軽く20ミリシーベルトを超えてしまうのだから(この時点ではまだ内部被曝分は計算されていないが、校庭の土の線量だけでも)、除洗をする事がすなわち努力、そうでしょう?」と。それに対して文科省ワタナベは「除洗は必要ない」の一点張り。いったい何を考えているのかこの男は?

このやり取りが、最後の方でもまたひとしきり起きて、だんだんと「その土の運び場所に困る」というのが理由らしいと判然としてきた。しかし、なんと身勝手な理由だろうか。除洗の必要がない程度の安全な土なら、どうして運び場所に困るのだ??? ようやく文科省の腹の底が判然としてきたため、「その土は東京に運びます」もしくは「東電にお返しします」と誰かが言い、激しい拍手が起きた。

むろんそんなでスッキリするはずもない。東電なり東京なりに仕返しすることなど眼中にあるわけではない。文科省ワタナベがあんまり非道い事を言うから成り行きでそう言い返しただけだ。
願いはただ一つ、福島をなんとか少しでも安全にして子ども達を守り抜きたい。
それだけなのである。

なので、ここで生まれた要求

☆自治体が自主的に除洗しようとしているものを、「やる必要がない」とブレーキをかけないでくれ。それをやられると地元は大混乱をきたす。その土をどうするかは相談する。だから、どうか頼むから、ブレーキをかけないでくれ。

【sukima解説】

この交渉というか要求に非常に時間がかかった。交渉側は文科省に、「除洗してくれ」と頼んでいるわけではない。「自主的にやるから、その判断を行政が迷うようなことをどうか言わないでくれ」と頼んでいるだけなのに。福島の母代表も「本来なら、あなたたちが責任をもってやるべきことなんですよ!!!!」と言うの当然だ。この最低限の訴えに、YESなのかどうか、それとも次回に持ち越しになったのか、よく分らなかった。(が、交渉側は決して負けていなかった)

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要求2:年間20ミリシーベルトを「子ども達の健康に害がない」とみなすのを撤回して

文科省ワタナベの答え:もっと低くしなくてはならないと思っている、自然と低く、定期的にモニタリングしている。安全というよりも暫定、基準ではなく。20ミリは危険という事ではないと思っている・・・

【sukima解説】

20ミリは危険ではないと言ってみたり、低くしなければと言ってみたり。
下に参照サイト

<年間20ミリシーベルトは、3.8マイクロシーベルト/時であり、これは、労働基準法で18歳未満の作業を禁止している「放射線管理区域」(0.6マイクロシーベルト/時以上)の約6倍に相当する線量を子どもに強要する。

年20ミリシーベルトは、原発労働者が白血病を発症し労働認定を受けている線量に匹敵する。また、ドイツの原発労働者に適用される最大線量に相当する。

さらにこの基準は、大人よりはるかに高い子どもの感受性を考慮にいれておらず、また、内部被曝を考慮していない。

現在、福島県によって県内の小・中学校等において実施された放射線モニタリングによれば、「放射線管理区域」(0.6マイクロシーベルト/時以上)に相当する学校が75%以上存在する。さらに「個別被ばく管理区域」(2.3マイクロシーベルト/時以上)に相当する学校が約20%も存在し、きわめて危険な状況にある。>
フクロウの会

(他にみつけたのは、計画的避難区域の放射線基準20mSvの根拠、ICRP(国際放射線防護委員会)とIAEAの国際基準。こちらの情報も参考になるかと)


その後、マイクが文科省から原子力安全委へ移った。

そして原子力安全委員会が、開口一番いきなり何を言出したかというと・・・・

「私どもは、20ミリシーベルトが安全だとは、一言も言っていません!!!!」

これには、会場の一同驚いた、というよりも、凍り付いた。

「い、いって・・・ない・・・??」

「はい、言ってません!!」

「それじゃあ、何シーベルトまで許容できるの?」

「それはまだ決まってません!!」


【sukima解説】


「安全と一言も言っていない」ということで「安全じゃない」といきなり宣告された。

「安全じゃない」場所に置かれたままの子ども達の姿が浮かんだ。

よく海外の戦場写真に、爆撃された子ども達が写っている。今、あれと同じことがこの国で起きているのだと思った。放射線の影響は、ごくかんまんに起きるから、写真という映像にならない。
写真にならないからといって、起きていないのではない。

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原子力安全委と文科省は対立関係にあるか、少なくとも連携はまるでうまくいっていない。
この件に関して原子力安全委の方が立場は上で文科省に「助言」する立場だが、文科省は極力無視したい様子。


「何のために月給もらっているんだよ!」

「引き続き、検討させていただきます」

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■内部被曝について

質問:内部被曝については

文科省ワタナベの答え:土のサンプリング、舞い上がったとして
質問:数値は?
同答え:2%
質問:何ベクレル吸いこんだとして考えている?
同答え:ベクレルは考えてませんが
質問:食品は?
同答え:食品は入ってません

【sukima解説】

内部被曝については、文科省は何も考えていない事がわかった。
文部科学省の役人のくせに、一般人レベルの知識も意識もないとは。

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内部被曝について

原子力の答え:砂ほこりの舞上がる量については推定しがたいので、実際に計る方が安全なので

質問者:もう福島県が計っている。1立方メートルあたり5000ベクレル
    1キロ 15000ベクレル

原子力安全委の答え:・・・

【sukima解説】

ここらへん、まったく専門家とは思えない要領の悪さ。
本来、頭は悪くないはずなのに、何がこんなにも無能化させてしまうのか。
しかし、諦めるわけにはいかないのだ。
他、質問として、原子力安全委の、議事録のことやメンバーの名前など聞いていた。
(これはネットに出るであろう)

なかなかにらちがあかないのと、要領が悪い文科省と原子力安全委が相手なので文にするのが難しく、ここまでが限度である。



■上記以外で印象に残ったやり取りを、書き残す。


文科省発言:半減期もあり、モニタリングしてからナンタラカンタラ

福島親:モニタリングしてからじゃ実験じゃないですか?

福島親:それまで被曝するんだぞ!!

福島親:そんな悠長なことを言っていられないんです。一番放射線量の多かった15日、16日は、水もない、ガソリンもないで、子どもの手を引いて外にいたんです。外を歩いていたんです。もうすでにたくさん、被曝しているんです。


posted by sukima at 01:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 原子力発電所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月18日

原発安全神話。神話だけ作って、ほんとうの安全はナイガシロ

「原発安全神話」はいかにしてつくられたか?

今月号の『世界』(という雑誌)には、「『原発安全神話』はいかにしてつくられたか?」と題し、経済評論家の内橋克人という方の文章が載っているそうだ。

『世界』はまだ見ていないが、上記ブログの引用からだけでも、原発安全神話を築き上げるために費やされたお金、熱情、人材、方法論(「PA戦略(パブリック・アプセプタンス)」)が、いかに完全にまんまと、文化人やインテリや大学教授たちを嵌めてしまい、ひいては国民も嵌めてしまったかが、戦慄とともに理解できる。

で、その洗脳工作を、「誰が」やったのか、ということであるが、引用を見る限り

財団法人・日本原子力文化振興財団、社団法人・社会経済国民会議、その他、おびただしい数の組織や団体であり、同財団の企画委員会(委員長・田中靖政学習院大学教授・当時)などである。


こんだけ力を結集し、一つの目的のために全勢力を傾ければ、ここまでの事が出来てしまうという見本だ。が、それはとてつもなく不幸な結果を生み出した。


17日に東電の出した工程表

16日までの現状とともに、昨日東電が記者会見で「工程表」を出した。

批判も多いが、評価する人は先行きが見渡せるようになったという意味で評価している。

・・・にしてもよく分らないのは、安全神話の洗脳工作をそこまで熱心にやるならやるで、その一方、本当に事故が起きない努力もすべきだろう。いったい何をやっていたのか? 東電の幹部たちは、この事故によって名誉を失い、この先私財も全部なげうって保障に回し(そうすべきだと思う)何もかも失う。被害をこうむった側の損害に較べればたいしたものじゃないので、同情の余地はないとはいえ、どうしてそんなにも愚かなのか。

そこが、不思議で不思議で仕方がない。

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2011年04月11日

高円寺。反原発デモ。動画編

下の記事の続き・補足です。
(注意:当方動画撮影およびYouTube投稿初体験なので、かなり下手で見にくいです)



何気ないショットですが、雰囲気伝わるかなと思います。



原発イラナイコール。



歩き始めてからゴールまで2時間弱。これはその最後近く。
「今駅前をスタートしたグループがいる」との主催者側の発表に、わきたつ皆さん。



わたしがいた「だいいちていだん」(警察用語らしい)を先導する形になっている、警察官の呼びかけ。
列が「間延び」しているのでもっと前に詰めろ、と。



比較的まだ、穏やかに呼びかけている段階で撮影。この後どんどん青筋たってきた。
何を言っているかというと、「デモ行進だいいちていだんの君たちに杉並警察署長より重ねて指導する。君たちのデモ行進は申請時の参加人員よりも遙かに多くのデモ参加者が参加している。君たちのあとからも大勢のデモ参加者が続いている。解散地に着いた諸君から速やかに流れ解散をしなさい」とのこと。



わたしのいたところが「だいいちていだん」とすると、全部で7か8か9の「ていだん」があった。
これは夕方なので、5くらいかな。



最後から3番目くらい、すっかり夜になってからの「ていだん」。
ちなみにこのデモ、終了時刻は18:58頃。
「原発とか放射能なんて作っているやつ間違っている!!」というの同感。
力強く同感というよりも、それ以外に言葉がみつからなくて同感、というか。

音楽(エリック・クラプトン「チェンジ・ザ・ワールド」)の音ばかり入って、人の歓声が小さくなってしまったのが、残念。



タグ:脱原発デモ
posted by sukima at 22:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 原子力発電所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

反原発デモ。高円寺にて

Sunday, April 10, 2011
Anti-nuclear demonstration at Kouenji, Suginami, Tokyo, JAPAN.

2011年4月10日日曜日

このデモのことを知ったのは、前々日くらいだったと思う。
7日の23時半頃に大きな余震が来て、飛び起きた。
少し後になってツイッターを見たらまたまた飛び起きた。宮城県沖が震源地であるその余震によって、宮城県の女川原発、さらに青森県の東通(ひがしどおり)原発と六ヶ所再処理所で電源が落ちて、非常用の電源に切り替わったという。この場合非常用のが機能したからいいが、福島第一のように機能しなかったら、同じになるところだった。もし、そうなったら? 背筋が凍り付くなんていう言い回しじゃとても追いつかない。

「デモ」というと、どうしても全共闘時代の人々がやっていたやつを想像し、見通し明るい気分になれないのだが、そんな事は言っていられない。何より胸がざわついてジッとしていられず、救いの神とばかりデモに行くことにした。

おりしもその前日の夜、NHKはこの一ヶ月を振り返るとして二部構成の特番を組んでいた。
二部目は、津波被害に合った地域の避難所生活にスポットを当てたもので、一部目は、原発関係だった。
一部目には識者がふたり出てきて、ひとりは元原子力安全委員会の長だった人。もう一人は福島の医師だった。

どちらの話も、結局何も言っていない迂回と遠回りと婉曲だけの、しかし全面に優しさと気遣いだけは感じられる、それでいて結局おそろしい事を言っている内容だった。
だがちょっと見れば分るが、NHKが本当に映そうとしたのはそういうものではない。
福島第一から32キロの距離にある相馬郡飯舘村の、現在の状況、とりわけまだ、そこに残っている、何組かの、乳児幼児のいる家族だ。どうしてその人たちを避難させることができないのか。NHKはIAEAが日本政府に出した避難勧告にも触れていなかった。ただ、避難しようかどうか悩んで迷って泣いている母の姿を映し、枝野官房長官のテレビを見ながら「うーーんどうしよう」と悩む若い父の姿を映す。さらに、どうしてもここを動きたくないと言い張る無知もうまいなおじいちゃんの姿を映す。無知もうまいなんて言っちゃ悪いけれど、そのおじいちゃんの生きてきた知識(農業など)の範囲を超えたことが起きているのだ。どうしていつまでも避難できないのか。(※後日談あり)

識者の先生は「ばんぱつせい性障害は必ずなおる」と、まだばんぱつせい性障害が出ていないうちから言っていた。出るとわかっていて何もしない・できないと宣言したのと同じだった。

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少し気分を明るめにして、デモの様子などupする。

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そのデモについてWEBサイトには、14時集合、15時デモ開始とあった。なので、14時から1時間くらいは誰かの演説?であろうと踏んだわたしは、あまり演説に興味なかったため、14時半くらいに北口に着いた。北口ではすでに賑やかに演説が行われていた。この企画、いろいろな組織が集合したものとのことで、その時演説していたのは労働組合系。非常に強く、労働者の連帯ということを主張していた。

この時署名運動もしていたので、わたしも一筆署名。そのあとは手持ちぶたさになり、しばらくは何となく柱にもたれ待っていた。人の集まるところが苦手な自分だけど、苦痛な感じはなし。わたしと同じようにしている人が他にもけっこういたせいかな。

上の写真は、15時をややまわった頃に、高円寺北口を出発したところ。(以下の写真、やや順不同かも)
「行きますよー」的な感じでなにげなくスタートした。指示とかそういうのは何もなし。

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用意したプラカードを持っている人、いない人いろいろ。
プラカードの内容も、人によっていろいろだった。一口で「反原発」といっても、観点はいくつかあるのだ。
特に印象深かったのは、30代くらいの小柄な女の人が「飯舘村の子どもたちを救ってください」と掲げていたことだ。

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これは高円寺のメインストリート(だと思う)。青梅街道に向かっているところ。

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これもメインストリート。デモの参加者も多いが、見物人もとても多かった。

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ギラギラの衣装で竹馬に乗ったこのふたりは、すごく目立っていた。

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見物人や写真を撮る人おおし。

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警察の人は、歩いている最中も数人ずつずっと脇に付いて、交通整理のような事をしてくれていた。

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竹馬のふたりのすぐ後ろを歩いていたのに、途中に人数がどんどん入って、あっという間に引き離された。
人が増えてふくれてくる感じだった。

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高円寺に来る前は「世の中大手メディアの言う事を信じている人ばっかだから、そんなに人来ないんだろうなぁ」と思っていたから、人の多さにマジでびっくりした。

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この方たちは途中から側にいた人たちなんだけど、とても目立っていた。

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人おおぜい!!

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素人とは思えない、ちゃんとした撮影機材でのぞんでいる人多し。ともかく、撮影好きが多いのはびっくり。まさかマスコミのはずはないから、何者なんだろう?とちょっと不思議になった。

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東京から外国人はみな逃げ出したのかと思っていたら、けっこういた。

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ここは青梅街道かな。警察官の人は、デモ隊が片側車線を占拠しているため、白線から出ないようにえらい一生懸命だった。ここは反対の車線のないところだけど、車通りの激しい箇所もあって、そこをふくれた人数が歩くので、すごく声を張り上げていた。といっても、それほどおまわりさんのことは、気にしてないけど。

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子ども連れも多い。あとワンちゃん連れ。車いす。赤ちゃんだっこ。

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こうして歩き続けたら事故の前に戻れるというなら、どんなにいいだろうか? もし戻れるならわたしは三日三晩くらい歩く!! と思ったり、やっぱ三日は無理かなと思いながら歩く。ものすごく大勢と一緒のお散歩という感じ。

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歩道橋は青梅街道で3つか4つ通過したけど、どれも大勢の人が鈴なり。歩道橋の上は、デモの全容を見るには最高のスポットだろうから、ちょっとそちらでも見てみたかった。

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当方若い頃ここらに住んでいた。けど、そういう記憶はまるで浮かばなかった。今家にいて思い出せば色々出て来るけど、歩いている時は浮かばなかった。自分が過去にどこにいて何をしていようと、そういう世界とは別のところに来てしまった感覚だ。

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歩道橋。歩道橋同士の順番は、多少ちがうかも。

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歩道橋を見るとつい写真を撮りたくなります。

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これは高円寺駅前にもどったところかな。(記憶ちょっとあいまい)
警察の方が「流れ解散」せよと、ものすごい勢いで指示し続けている中、グズグズと流れ解散する気になれず。
だいたいどこへ解散すればいいのか。
心休まる解散先がないって、どういう事態なんだろう。


−−−
※後日談:
さっきNHKを見ていたら、政府が避難地域を拡大することにしたという。強制だか自主だかよく分らない計画避難という言い方で。で、今まで政府は20キロ圏内とか30キロ圏内と言っていたんだけど、なぜか、今回は丸い形ではなく、飯舘村が丸々入る、という形になった。飯舘村は30キロ圏内にはわずかにかすっているだけだ。そこで、30キロプラス飯舘村みたいな形になっていた。
それなら、あの子どもたちが、避難できる?ということだ。
まあそれはいいのだが、NHKが放映したから避難というのもよく分らない話で。(NHKはICRP=国際放射線防護委員会が勧告したからだとか言っていたけど、勧告ならとっくのとうにしているでしょう)
NHKのおかげなんだとしたら、もっと早く放映してればいいのに。
本当に、わけわからない。

posted by sukima at 15:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 原子力発電所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 

 

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