新聞記事の、あの不毛にもややこしい「陸山会事件報道」を、どう読み解けばいいのか? もしくは、フクシマを止めるにはど…

当ブログ、2010年の1月にも、ポメラのタイピング練習を兼ねて、東京新聞の一面に連載された「小沢vs特捜」を、がんばってデジタル化しつつ読解してみたことがあった。 結論だけ言うと、誰がどう悪いのか、何が問題なのか、さっぱり分らなかった。 (自分なら解る!!と思う人は「ポメラ生活もしくは、小沢vs検察」(拙記事)をお読みください) そして本日(5月29日)、同新聞一面に、24日あたりに「最大の山場を越えた」この事件の公判について書いてあった。 以前で懲りていたので、もちろんわたしはこんな記事を読む気にはならなかった。 しかししばらくして、あれほどヒステリックに小沢おろしに狂奔していたマスメディアの姿勢に何か変化があったろうか? という興味から一読してみることにした。 そうしたら、やはり、面倒くさい話しだった。 そのため、全文をブロック分けしてみることを思いついた。 記事には、二極化された組み合わせが三つ発見できる。ブロックにそれを利用した。()内、色分けを採用 1:2004年(茶色)vs 2005年(橙) 2:検察(赤)vs 弁護側(青) 3:元会長(マゼンタ)vs 元社長(黄緑) おかげさまで、これで随分とシンプルになった。 これによって理解したのは、元社長が検察側の証人として、彼ら(大久保さん、石川さんという、ふたりの小沢さんの秘書。前者は2005年に、後者は2004年に5000万円を水谷建設からもらったことになっている。手渡したのはどちらも元社長で…

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放射線被害への認識、その温度差。など

さっきネットをうろうろしていたら毒蛇山荘氏の文章が目に付き読んでみると、「昨今は誰も彼も、『原発、原発・・・』と騒いで」いるが、かの大東亜戦争の時谷崎はもくもくと発表のあてもなく『細雪』を書いていた、今の時代にも「俺は俺のやりたいことをやるだけ」という作家や思想家が一人二人はいてほしい、と愚痴を述べているのだが、そう思うのならご自分がそうすればいいだけのことで、それが読むべき価値のあるものなら、原発関連の話題でなくても読む人は読むはずだし、第一、読み手は別段東日本にだけいるわけではなく、福島から遠い人々にとって原発はそれほどは切迫した話題ではないだろうし、何も東京の読者にだけ読ませることはないのだ。 しかし、原発は毒蛇山荘氏が言うほどには単純ではない。トピックとしては「原発」の一言であっても、そこから飛散(もしくは流れ出)した放射線の有害性への認識は、人によって天と地ほど違いがあり、角度で言えば180℃、極で言えば北極と南極、水で言えば氷と沸騰したやかんの水蒸気… 少し前にラジオを付けたら、原発問題に早くから取り組み『核論』などを出版している武田徹氏というジャーナリストが出ていて、日本が原発大国にいたった道筋を説明していた。氏によると、まずもって不思議な点でもある「どうして広島長崎に原爆を落とされた日本が原子力エネルギーを始めてしまったか」という謎についても説明し曰く「被爆国であるがゆえ、ネガとポジが反転したようになった」。それを聞いてなるほどと思った。あと、わたしが勝手に付け加え…

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SUMMER TIME BLUES

2009年5月2日に亡くなった忌野清志郎がその若き日、1988年(当時37才)に作った『SUMMER TIME BLUES』は、明確な反原発のメッセージをもつものとして、23年の時空を超えて今また脚光を浴びている。この脚光、わたしも浴びせている一人で、初めて聴いたわけではないと思うが、しっかりと聴いた記憶がなかった。最近になってYoutubeで何度か聴きかえして、なんというか、清志郎の若さと痩せた体つきと鋭角な顔貌がなんとも格好がよくて、感銘を受けた。 むろん、カナメはそのメッセージにある。当時「37個」も建っていた原発(現在は50基以上)について「電力はあまっている」「いらねー 必要ねー」という認識は、実に正当なものだ。検索して調べると、歌詞に「ベトちゃんドクちゃん」が出てくることをもって批判する人もいて、確かにその部分は感心しない。しかしそれくらいの愚かさは、とんがった行為にはつきものではないだろうか? 今、清志郎が生きていたら、福島第一原発事故後のこの状況を見て何を思い何を言ったんだろう。生前「証明」されることのなかったメッセージの「正しさ」が、こうして証明された。彼は、正しかった。だからといって、欠片も嬉しくはないだろう。この正しさは「証明」されては絶対にいけない正しさだった。永遠の不証明へ向けてメッセージし続けるという、つまり、誰もその正しさを認証してはくれない歌を歌いつづけるという、無償の行為(=ロック)だった。が、原発はそんなものではなかった。ワレワレは詩人ではなくロック…

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「20ミリシーベルト」撤回要求 対政府交渉-福島の子どもたちを守れ!

□110502『「20ミリシーベルト」撤回要求対政府交渉「文科省、原子力安全委員会との交渉」』(WEB Iwakami) □「20ミリシーベルト」撤回要求 対政府交渉~福島の子どもたちを守れ!(投稿者: ourplanet ) (ふたつは同じだけど撮影角度が違う。上のは、質問される側の文科省と原子力安全委員会の顔がよく見える。下のourplanetは、質問者側も映っている) この交渉の模様は、充実した内容だった。 交渉の相手として前にいるのは、文科省の4名(答えていたのはワタナベという人一人)、原子力安全委員会から二名(答えていたのは一人)で、この面々をいたずらに責め立てるのではなく、強い必然に裏打ちされた論理性と明晰さを失わずに、きちんと冷静に詰め寄っていた。 まず最初に53000名の署名渡しなどがあって、早くものらくらし始めた文科省相手に福島瑞穂が百戦錬磨の凄みを利かせて先制攻撃をくらわすと、文科省ワタナベも目が覚めたかのように、姿勢をイヤでも正さずにいられなくなったらしく、答えるモードになった。 その後、福島瑞穂は国会に行く用事でいなくなったけれども、交渉の形は作られていたため、そのままスムーズに冷静に時々怒号まじりで、おこなわれた。 重大な要求内容がいくつかあった。 ごく簡単に整理してみる 1:郡山市が自主的に校庭の土を除洗した。そうしたら、文科省大臣は「除洗なんかしなくていい」と言った。 どうしてそういう事を言うのか。 除洗しなくていいの…

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原発安全神話。神話だけ作って、ほんとうの安全はナイガシロ

■「原発安全神話」はいかにしてつくられたか? 今月号の『世界』(という雑誌)には、「『原発安全神話』はいかにしてつくられたか?」と題し、経済評論家の内橋克人という方の文章が載っているそうだ。 『世界』はまだ見ていないが、上記ブログの引用からだけでも、原発安全神話を築き上げるために費やされたお金、熱情、人材、方法論(「PA戦略(パブリック・アプセプタンス)」)が、いかに完全にまんまと、文化人やインテリや大学教授たちを嵌めてしまい、ひいては国民も嵌めてしまったかが、戦慄とともに理解できる。 で、その洗脳工作を、「誰が」やったのか、ということであるが、引用を見る限り 財団法人・日本原子力文化振興財団、社団法人・社会経済国民会議、その他、おびただしい数の組織や団体であり、同財団の企画委員会(委員長・田中靖政学習院大学教授・当時)などである。 こんだけ力を結集し、一つの目的のために全勢力を傾ければ、ここまでの事が出来てしまうという見本だ。が、それはとてつもなく不幸な結果を生み出した。 ■17日に東電の出した工程表 16日までの現状とともに、昨日東電が記者会見で「工程表」を出した。 批判も多いが、評価する人は先行きが見渡せるようになったという意味で評価している。 ・・・にしてもよく分らないのは、安全神話の洗脳工作をそこまで熱心にやるならやるで、その一方、本当に事故が起きない努力もすべきだろう。いったい何をやっていたのか? 東電の幹部たちは、この事故…

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高円寺。反原発デモ。動画編

下の記事の続き・補足です。 (注意:当方動画撮影およびYouTube投稿初体験なので、かなり下手で見にくいです) 何気ないショットですが、雰囲気伝わるかなと思います。 原発イラナイコール。 歩き始めてからゴールまで2時間弱。これはその最後近く。 「今駅前をスタートしたグループがいる」との主催者側の発表に、わきたつ皆さん。 わたしがいた「だいいちていだん」(警察用語らしい)を先導する形になっている、警察官の呼びかけ。 列が「間延び」しているのでもっと前に詰めろ、と。 比較的まだ、穏やかに呼びかけている段階で撮影。この後どんどん青筋たってきた。 何を言っているかというと、「デモ行進だいいちていだんの君たちに杉並警察署長より重ねて指導する。君たちのデモ行進は申請時の参加人員よりも遙かに多くのデモ参加者が参加している。君たちのあとからも大勢のデモ参加者が続いている。解散地に着いた諸君から速やかに流れ解散をしなさい」とのこと。 わたしのいたところが「だいいちていだん」とすると、全部で7か8か9の「ていだん」があった。 これは夕方なので、5くらいかな。 最後から3番目くらい、すっかり夜になってからの「ていだん」。 ちなみにこのデモ、終了時刻は18:58頃。 「原発とか放射能なんて作っているやつ間違っている!!」というの同感。 力強く同感というよりも、それ以外に言葉がみつからなくて同感、というか。 …

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反原発デモ。高円寺にて

Sunday, April 10, 2011 Anti-nuclear demonstration at Kouenji, Suginami, Tokyo, JAPAN. 2011年4月10日日曜日 このデモのことを知ったのは、前々日くらいだったと思う。 7日の23時半頃に大きな余震が来て、飛び起きた。 少し後になってツイッターを見たらまたまた飛び起きた。宮城県沖が震源地であるその余震によって、宮城県の女川原発、さらに青森県の東通(ひがしどおり)原発と六ヶ所再処理所で電源が落ちて、非常用の電源に切り替わったという。この場合非常用のが機能したからいいが、福島第一のように機能しなかったら、同じになるところだった。もし、そうなったら? 背筋が凍り付くなんていう言い回しじゃとても追いつかない。 「デモ」というと、どうしても全共闘時代の人々がやっていたやつを想像し、見通し明るい気分になれないのだが、そんな事は言っていられない。何より胸がざわついてジッとしていられず、救いの神とばかりデモに行くことにした。 おりしもその前日の夜、NHKはこの一ヶ月を振り返るとして二部構成の特番を組んでいた。 二部目は、津波被害に合った地域の避難所生活にスポットを当てたもので、一部目は、原発関係だった。 一部目には識者がふたり出てきて、ひとりは元原子力安全委員会の長だった人。もう一人は福島の医師だった。 どちらの話も、結局何も言っていない迂回と遠回りと婉曲だけの、しかし全面に優しさと気遣い…

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