2013年11月20日

追憶の花火 / 長崎さゆり

花火好きの友人・Nが病に倒れ、職場にも現れないしメールに返信も寄越さないので、「花火」にちなんだ本を贈ることにした。検索でヒットした本やDVDは複数あるけど、選んだのはこの『追憶の花火』と『花火図鑑』だ。

ショップから直接送ると手紙を同封できなくなるので、いったん自分の元に取り寄せた。この方法だと配送料の負担が生じるので、できれば避けたいけれど、背に腹は替えられない。

で、自分の手元に届いたついでに読んでみたのが本書だ。ひさびさに読むマンガ本。このマンガ家さんの名前も初耳。第一単なる花火つながりw

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2013年11月15日

ネットのバカ / 中川淳一郎

ネットのバカ

日本で一番ネットに詳しい中川氏によるネット解説本。
どうして日本で一番詳しいと言えるのか、ネット検定国家資格でも持っているのか、ネット博士号でも持っているのか? ノーベルネット賞でももらったのか、といったら、そういうものは別にない。
なんとなくそういう位置取りになっているのが氏であり、そういうことに一度なったら今後もずっとそうであるのがネットの世界なのである。
ここら辺の法則について本書中では「一ジャンル一人の法則」や「勝ち組は少数派」と、いくつのかの章をまたいで分かりやすく説明してくれている。なので、今さら中川氏の位置につこうとしても無駄だろうけども、まだまだネットにはジャンルを築く余地はあり、本書中でもアドバイス的な事が書いてある。

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2013年11月05日

毒婦たち 東電OLと木嶋佳苗のあいだ

ネットサーフィン(死語)していて出会った一冊。
帯びに壇蜜推奨!!みたいにあったため、壇蜜が推奨するってどんな本なのだろうと興味をもった。
それに「東電OL事件」にしろ「木嶋佳苗」にしろ自分がよく分かっていない事件なので、女性目線からの解説が聞けるのではないかと思った。

届いて中を開けて対談本と気づき焦った。対談形式の本が苦手なためだ。

といってもしょうがないので読んだら、今度は対談者三人の東電OLへの熱意の温度がそろわなさすぎて、つまらなく感じた。それに、読者が皆熟知していることを前提に話しているため概要が分からず、結局自分で調べることにした。

----分からずとは言っても、東電の方は、検察の恣意的な捜査で犯人にされてしまったネパール人ゴビンダさんの冤罪事件、という切り口からは知っていた。----

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ラベル:東電OL 毒婦
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2013年10月23日

<岩上安身責任編集 – IWJ Independent Web Journal>が危機であるとの事

原発事故後には情報源として大変に心強かった「岩上安身責任編集 – IWJ Independent Web Journal」が現在危機を迎えているとのこと。

それで、IWJのサイトを久方ぶりにしげしげと眺め、どうして会員が集まらないのか考えてみた。

問題点
  1. スマホで見づらい
  2. 背景色が黒いため、金払いの良い軽い気持ちにならない。財布の紐がよけい固くなる
  3. トップの動くメニューが見づらい。情報を把握しづらい。頭が混乱する。
  4. トップページに重過ぎるテーマが並び過ぎる
  5. それらを見た後にどうすれば良いのかが分からない。
  6. 2013/09/17 秘密保全法上程目前! 「国民の知る権利」の侵害には米国の影 ~スノーデン事件から見えてきた監視国家アメリカ、そして日本 -秘密保全法制と盗聴法拡大・共謀罪とアメリカの影>は、風呂敷を広げすぎて分かりづらい。スノーデンはスノーデンでビッグトピックであり、この話しの前半とつながらない気が。
  7. 危機意識は被害妄想と紙一重なので、後者とは思われない工夫が必要
  8. たくさん並んでいるので、仕事しているのはよく分かるが、情報の並べ方、見せ方、読ませ方にも時間を割いた方がよい。情報の受け手の立場にたってほしい。

フリージャーナリスト系の活動は、ホントに頭も感性も金も体力も全部使う、大変な仕事でしょうが頑張ってほしいです。

IWJでのオススメページ

【IWJブログ】パブコメ提出期限目前! 秘密保全法の危険性を検証! | IWJ Independent Web Journal

会員登録のご案内
一般会員は、わずか月1000円也。

 

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アウトレイジビヨンド

ケーブルテレビでアウトレイジビヨンドをやっていたので録画して見た。
この映画を見るちょっとしたコツは、冒頭部の説明セリフを聞き逃さないことじゃないかと思った。
わたしの場合、人の話になかなか集中できないタチで、つい肝心なセリフを聞き逃す。けれどそれだとこの話の面白さが半減してしまう。

ので、同じような人のために説明したりなんかする。(若干うろ覚え)

アウトレイジビヨンドの人物相関図

上記人名を覚えて置くのはまず必須。その上で、冒頭部分、海中から引き上げられる車の映像にかぶせて刑事同士(片岡と繁田)の会話が、状況を説明している。すなわち…

≪山王会の石原というやつだが、あいつは大友組の金庫番だった男でいわば外様。そんなやつがどうしてナンバー2の位置に付けているんだ≫

≪先代が殺された時、ボディーガードの舟木が先代の側にいなかったのは変だ。それが今では組長の側近にのし上がっているのはどうしてだ≫

先代が殺され今の加藤体制になってから、金融に詳しく頭が切れる石原が若頭として仕切るようになり、山王会は政治の世界にも接近。車から出てきた遺体はマル暴の刑事と、国交省大臣の愛人。

国交省大臣なんか出ると古くさいイメージがわくが、これはさほど重要なエピソードではない。
渡世の義理人情を軽視してかかる若い世代と、旧世代の軋轢が描かれている。それでいて若い世代(木村の部下=写真右下)もおちこぼれれば、そこにしか生きる場所もなくやくざの世界に入り込み、のめりこんでいく。

前作よりは残虐シーンが減ったとの情報で見たら、やっぱかなり残虐だった。
誰とは言わないが、複数人の命乞いが見られる。役者同士の命乞い競演ともいえ、そこも見物だ。真に迫っていた。


繰り返すと、冒頭の説明セリフをよく聞いていれば(わたしは5回くらい巻き戻した)、すっと入っていける。前作は見てなくてもOK

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2013年04月27日

シャングリラ / Acid Black Cherry

Acid Black Cherryのシャングリラ

キーワード「復興」で登録してあるわたしのタイムラインに先日、「『シャングリラ』の中に『福島』『岩手』『宮城』をこっそり隠し絵のように潜ませて唄う、そんなyasuがやっぱりスキ!!」とあがってきた。

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シャングリラ ~ 変身 / チャットモンチー

tyatto.jpg

ムックのシャングリラを探してて見つけたチャットモンチーのシャングリラ(2006年リリース)。
わたしの場合、癇性の甲高い女声が苦手なので聞く機会もなかろうと思っていたチャットモンチーだけど、何がどうシャングリラなのか知りたく、DLして聴いてみた。

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シャングリラ / ムック

mucc.jpg

ムックのアルバムについて前回書いたのは3年半も前だ。

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2013年02月17日

DVD review : VAMPS LIVE 2010 WORLD TOUR CHILE

2010年11月6日、サンチアゴ「TEATRO CAUPOLICAN」で行なわれた南米チリ公演の模様を収録

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2013年02月14日

review:LOOPER

『インセプション』のジョセフ・ゴードン=レヴィットが、30年後の自分(ブルース・ウィルス)と対決する。

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ラベル:looper
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2013年02月12日

【れびゅう】サイエンス・メール vol.349 から vol.360

双極性障害の研究者加藤氏へのインタビュー。

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ラベル:サイエンス
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2013年01月22日

【れびゅう】髑髏城の七人 / ゲキ×シネ

ゲキ×シネ という形式の映画を見てきた。

先入観をもつ危険があるので見てから読もう☆まだ上映中なり
ラベル:髑髏城の七人
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2013年01月11日

【れびゅう】SPEC / TBSドラマ総集編

正月にふたつのドラマをまとめて録画した。『ダブルフェイス』とこれだ。

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2012年11月01日

【れびゅう】アウトレイジ

アウトレイジ

『アウトレイジビヨンド』公開を記念して、その前作にあたる本作をケーブルテレビが流してくれた。
北野映画はもっと見たいのだけど、『アウトレイジ』は残虐シーンが多いと聞いていたのでこういう機会でもなければ見なかったろう。
とにかく残酷だから見ない方がいい、つーか見ちゃダメ!! とうちの末次郎にまで言われていた。
末次郎はもう18歳なのに怖がりで、昼間でもトイレの電気を付ける。せめてその電気出る時に消してくれと、わたしはよく注意している。
ちなみに彼によると、海外のゲームは残虐きわまりないものが多く、吐き気がするほど非道だという。ああいうのはとてもじゃないが日本人は作れないとも。
「そんな事を言っても、海外向けのゲームも作らなくては国際競争に負けるのでは?」と問うと
「日本だけでやってくんじゃダメ?」と、いたって閉じたことを言っているヘタレさんでもある。
ダメに決まっているでしょうとも思うが、凄惨でむごたらしいゲームを楽しむのもどうなんだろうと思うとよくわからない。

それは兎も角、怖い描写は指の隙間からのぞくだけにしようと思い、ビクビクしながらみた。
そうしたら冒頭のシーンが、ヤクザの男達が数台の黒い車の前でたたずんでいるシーンで、このシーンが色鮮やかな緑、白、にあふれたとても美しいものだった。まるで、海の底に明るい日射しが差し込んで、その中を彼らのタマシイがたゆたっているような、ため息がでるような映像なのだ。ここからして作品に引き込まれていた。その後も色調の濃いクリアな映像は続き、宴会シーンで飲んだり食べたり、そこを下っ端の若いもんがお酌をして回るシーンでも、うちのテレビの性能が急に良くなったのか思ったくらいに美しかった。うっとりと見ほれてしまうのだが、それがかえってこの後に血だらけになる画面を予感させて、恐ろしかった。真っ赤になる、予感。

全体にストーリーといえるものがあるのかどうか、わたしには分からない。というのも、何で殺されているのかよく分からない殺しが次々に起きるからだ。ヤクザの世界は難しいパズルみたいで、虚実が入り交じっている。それに金や覇権への欲と、積もる恨み、つらみ。酷い暴力を受けるのだけど、それで懲りるとか、嫌けがさすではなく、募る恨みつらみが彼の存在理由そのものとなって、彼のカラダの重さと等価になる。わたしは見ている間中「何なんだろ? この人たち何なんだろ?」と頭をひねり続けてぐるりと首が一周してしまった。
大友が「ふざけんなこのやろーっ」と怒声を挙げる。しかしそれも本当に怒ってのことなのか、怒っているフリなのかよく分からない。たぶん半分は本当に怒っているだろうが、半分は怒るタイミングをきちんと演じるためであり、自分の立場のためかと思う。このタイミングを推し量ることができなくては、ヤクザなどやれない。指をつめるのも、ひとつの計量であり自分を示すためだ。せっかく大友が持って行った小指を、三浦演じる加藤は「こんなつまらないもの」とコケにする。が、だからといって指を持ってこないで済ませられるというものではない。指は要る。そしてコケにすることで示す、自分の優位と力。

ある意味、どこでもある風景を極端にした形かもしれない。ただし宣伝文句の通り、皆が悪人で皆が腹黒く皆が情のかけらもない。あるのかと見える瞬間もあるが、情はまるでない。極端にないからこそ、その存在がどこかに潜んでいないかと、細心の注意をはらって見守ってしまう。けど、ないものはない。それを一番実感させてくれたのは椎名演じる水野で、椎名さんはこの中で一番一生懸命演技している感がにじんでどこか浮いている人。底の方でビートたけしのギャグが時々透けて見える映画空間--たとえばものすごく忠義面をした杉本哲太が当たり前に裏切っている姿とかのおかしさ--の中で椎名さんだけがそれを察知していない。椎名さんは一生懸命に演技をしている。その懸命さが逆に、虚実の実の方を感じさせたのは皮肉だ。ともかく、そんな彼があっさりこんと、かけらも惜しまれずに命(=出番)をなくし、誰に悲しまれることもなく消えた。(あんなにガンバって演技していたのに!!)
あの時椎名さんが、そして一人の人間が死ぬところを見た、と思う。
もちろんわたしは何も悲しくなかった。悲しませるような要素は何もなかった。

北野演じる大友の後輩で、今はマルボウのデカの片岡を演るのが、優しいお父さん顔の小日向文世だ。この顔の印象とやっていることのギャップが面白いわけであるが、まったくもってこいつも汚い。汚いが、他もみんな汚い。そもそも警察にとって悪や暴力や殺人や犯罪はメシのタネである。それを言っちゃおしまいだが、事実だ。しかも、自然発生の犯罪だけではメシのタネが足らず冤罪をこしらえるのだから、恐ろしくてたまらない。

 

もっともそれを言っていたら本作どころではなく、本気で怖い話しになるので今はやめる。

 

■関連

 

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2012年09月20日

【れびゅう】ディア・ドクター

JCOMが今月西川美和特集をやっていて、みたかった『ディアドクター』、チャンネルnecoにてやっとみれた。
(同監督の新作映画が公開されるからのようだ。他には、『ゆれる』や『蛇イチゴ』)

deardoc.jpg

☆↑クリックすると オフィシャルサイト
けど、先にこういうの見ると、先入観に支配されるので、み終わってから見ましょう。
こういうのは、あくまでも宣伝。売れないとやっぱ困るから、宣伝。

   →続きを読む (展開を明かしているので、観てから読んで☆)
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2012年07月10日

【映画館でみた映画】ロボット完全版

robbot.jpg

 

インド映画のロボット完全版を見た。ワケわからんがベラボウに面白かった。

(現在、一部地域でまだ上映中

●併せて読みたい
Yahoo!みんなの政治-<インドの果たされなかった約束―― 成長の一方で拡大する格差>(1) | (2) | (3)

 

 

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【本の感想】宇宙消失 / グレッグ・イーガン

2034年、地球の夜空から星が消えた。冥王星軌道の倍の大きさをもつ、完璧な暗黒の球体が、一瞬にして太陽系を包み込んだのだ。世界各地をパニックが襲った。球体は<バブル>と呼ばれ、その正体について様々な憶測が乱れ飛んだが、ひとつとして確実なものはない。やがて人々は日常生活をとりもどし、宇宙を失ったまま33年が過ぎた----。ある日、元警察官のニックは、匿名の依頼人からの仕事で、警戒厳重な病院から誘拐された若い女性の捜索に乗りだした。だがそれが、人類を震撼させる量子論的真実に結びつこうとは……!

この本は凄かった。自分の頭蓋内にPluggedされて直接文章が入ってくる感じ、つうか?
「これは凄い」と思って検索すると、たいがいすでにネットで凄い凄いと言われているものだけど、この本(作者)も、案の定超弩級に凄いってことで定着していた。

そも『宇宙消失』は新作というわけではなく、原文の出版年は1992年で日本での出版年は1999年とすでにして一昔二昔前であり、それを周回遅れで読んでいる自分だけど、古さなどはまったく感じない。量子力学の知識をベースにした「理系」の小説なので、完全理解とは到底いかないけれど、きわめて直感的に入ってくる内容なので、量子力学だの蓋然性だのいう言葉に怖じけづくことはそんなにない。さらに、タイトルの『宇宙消失』が原題では『Quarantine』=「隔離」だと知ったら、あーーそうかとピンと来くるものがあった。つまり、宇宙を消失した理由は隔離されたからなのだ。

読書行為としていうと、全体の2/3から3/4あたりまでは面白かったが、その後が結構くどくて「波動関数の収縮」が起きなかったら(つまり、「現実化」しなかったら)どうなるこうなると、そうならなかった他の自分についての記述が長くてだれた。が、よく考えたら、「拡散」したまま何も決定し得ずにそのまま死んでしまうというのは、比喩としてではなく、実際の多くの人生にみられる現象かもしれず、それを思うと、いかに「収縮」させんとする意志が大事かという話しにつなげようと思えばつながる。

言ってみれば自己啓発本的なロジックが編み出せそうな「量子力学」の文学化なのである。が、この本的にはそんなのは無意味だ。なぜってここでは、「脳神経再結線」によって、必要な脳神経の状態を自在に起動する事ができる通称「モッド」が、とてつもなく便利に使われているからだ。そこまで進化したナノテク技術の前では自己啓発の努力に用はない。好きな時にP1とかP2とかP3とか(確かP5まであった)を呼び出せば、あらゆる精神状態でいられる。恐怖を克服することも、退屈を感じずに警備仕事を続けることも、妻が死んだからと言って悲嘆にくれないでいることも、簡単だ。

思えば人の精神はヤワだ。人前にでれば緊張するし、うまく話せないし、自分の話しが無価値なように思えるし、人の考えていることが分からず不安になるし。小さな事で傷つくし、怖じ気づくし、いつまでも忘れられないし。人が自分よりも好かれていたり愛されていると(感じると)、嫉妬にかられるし落ち込むしひねくれるし。

それ以上に手を焼くのは、自分の様態がひとつに決まっておらず、変わる度に世界が変わり、常識が変わり、他人が変わることだろうか。実は本書を読むことはある逃避行動の一環であった。今年度に町内会の班長になったうちは、社会福祉協議会のお金を集金に行かねばならなくなっていた。(社会福祉協議会が何であるかなど検索のこと。わたしも知らなくてそうした) しかしその数日前から、班の二三人がゴミ出しルールがなっていないと怒りのメッセージを発信していた。それはそれは恐ろしいメッセージだった。

わたしはその人に会いたくなくて会いたくなくて、震えていた。
といったら大げさに感じるだろう。
事実、かなり大げさだ。
と同時に、ちっとも大げさではないのだ。それどころか、まだ話しをしたこともない、顔もよく分かっていないその人が、わたしの頭の中ではイジメの帝王のように感じられ、緊張のあまり不眠症になりかけた。

わたしはその人に会った時の状況をあらゆる角度からシミュレーションしてみた。最悪のケース。最良のケース。普通のケース。わたしは微笑んでいるべきなのか。じゃっかんおどけているべきなのか、低姿勢なのか、それとも毅然と誇り高くいるべきなのか。それとも、これ以上はないほどに、わたしはわたし「自身」でいるべきなのか。 そしてその際に、わたしは何を「望んで」いるべきなのか?

その時のわたしが、形のないまま無数に拡散している(まだ逃避の真っ最中であるから)。わたしがわたし自身の収縮すべき形を自在に操れれば良いが、そのためのモッドがない。仕方がないので自前でそれに近いイメージ作りをするしかない。が、当然向こうも同じようにしているし、向こうもまた「観測者」であるため、わたしはそれに引っ張られる。

いつもの事だけど自分の「平凡な日常」に密着した感想になった。本編の方はれっきとしたSFなので、もっと壮大な仕掛けというか、戦慄の展開というか、ひっちゃかめっちゃかなラストに向かう。それはそれはワケわからんものだ。いわゆる「愛」いわゆる「絆」いわゆる「真実」と無縁の。いわばひとつの体験としての読書といえるかもしれない。それに、ある種の励ましに近い感覚を受け取れなくもない。すると因果なことにその励ましこそが、わたしにとっての”真の≪アンサンブル≫”なんじゃないかという考えがわく。

わたしの、”真の≪アンサンブル≫”

 

 

今日の収縮とも拡散ともつかないもろもろ

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2012年03月21日

道化師の蝶 / 円城塔

何らかの固有名をあらわす円城塔という名前は以前から知っていた。知っていたが知った先がはてな上に存在する怪しげな文芸倶楽部で、それによると円城塔は大学の研究室の電子レンジの中で発見されたのが最初であるとあったから、まさか作家名とは思わず、マニアックな感興を呼び起こす、たとえば「初音みく」みたいな実在しない幻想的な何か--ITコンテンツ系の--だと思っていた。

とはいいつつ、円城塔は風変わりではあるが人名として成立しないわけではないので、実は実在している作家のペンネームではないかと疑いだしたのが比較的最近で、けれど「初音みく」に近い何かという着想を捨てるのが惜しくて、時折人の書評で円城塔という名前を見かけることがあっても、円と城と塔が出てくる小説の書評だからやたらと円と城と塔という漢字が目に付くのだろうと、無意識にか有意識にか決めていた。作家の名前とか小説のタイトルとか書評の内容より、字を追いかけるので精一杯で、どこまでいってもゴールのない徒競走、あるいはオニのいないオニごっこをオニごっこしているからで、円城塔は怒らないと思う。道化師の蝶もまた、大型旅客機に乗っている間しか面白くない小説なのだから。

でも良かった。作中にある他の小説のように、逆立ちしながらでないと読めないとか、頭痛がしている間でないと面白くないとか、三本足でケンケンしながらでないと通じないとかだと、特殊にすぎて手に取ることもかなわなかったろう。せめて大型旅客機に乗っている間しか面白くない、というのだったら(今、ほんとうにそんな意味で書いてあったのか、はなはだしく不安であると鹿爪らしく不安な最中だけど)、わたしは大型旅客機には乗ったことないとはいえ、その一歩手前のパスポートは取得済みなのだから、がぜん、近い。けっして、道化師の蝶のための条件をすべてクリアしているとは言えないけど、かなり、近い。近い、近い、近い。

そのことにわたしは密かな優越感を抱く。のだけど、いったい今どきパスポートを持っていない人がどれくらいいるというのか、わたしは、そのいるかいないか分からない(けど、いるのはいると思う)、貧しいか、臆病か、時代遅れか、抜けているか、行動力がないか、無知か、ちょっと不幸か、大いに不幸なその相手相手に優越感を抱く。力が抜けるくらいあーあな自分を発見する。新種の生き物のように。

ふうう… それは兎も角。わたしも道化師の蝶の友幸友幸を見習って(それともエンドレス氏?)、卵を産み付けよう。そしてそれに責任をもとう、最後まで育てよう。いつか孵化して脱皮して蛹になって羽化して蝶になる……かもしれないのだから。絶対とは言えないけど、それにものすごく気の遠くなる話しだけど、卵が孵化して幼虫になって脱皮して蛹になって羽化する、ことはありえることだと妄想するから。※


※孵化という言葉が本当にソレか、意味とスペルとラテン語読みと英語表記と歴史的発見の時期と賛同者と反対者を、あとで調べること




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2012年03月09日

なぜ君は絶望と闘えたのか--本村洋の3300日-- / 門田隆将

あの事件の加害者側に取材した本『福田君を殺して何になる ---光市母子殺害事件の陥穽--- 』(増田美智子著)は読んでいたものの、被害者サイドの本は読んでいなかったので、今回の判決を機に読んで、やっと自分の中でバランスが取れた気がしてホッとしている。


もっと激情的に死刑を求めた本なのかと思ったら、死刑に向けて説得するような本ではなかった。いや、本村氏はじめ家族は死刑を求めているのは求めているのであるが、本来の犯罪がもたらした苦しみ以外に、いやでも死刑を求めざる得ないような事態が次々に、司法や、裁判官の態度や、弁護団のやり口によって、本村氏にもたらされてしまう。


そういった意味で、必ずしも絶対に死刑が必要な刑だと思う事はできなかった、と言うと変だが、もっと人間の行動学?なり心理学、犯罪学が発達して、もっと司法が整備され、何よりも被害者の立場、思い、権利を守ることに全力を上げる制度、というか、人的パワーが注がれるなら、死刑はなくても大丈夫なのではないかと思った。

もっとも当方、テレビ報道をいっさい見ていないので、本村氏がテレビカメラの前で激烈に怒りを表した回も、冷静を取り戻した回も、久米宏のニュースステーションに出た回も、先日死刑判決が出た時のも、見ていない。もしも見ていたら、テレビの手法に乗せられて、わたしも激烈な怒りのもと、「あんな奴は死刑以外にあり得ない、死刑死刑死刑」と思っていたかもしれない。そしてまたマスメディアがそのように誘導していったのだとしたら(といっても、多分に視聴者の欲求を満たすためかもしれないので、どっちがどうとはいえない)、そのこと自体は、本村氏にとって味方になったであろうと思われるので、マスコミの力を一概に非難する気にはなれないのであるが、それでも、その手法(マスメディアの一元化した情報に、みなでいっせいにのみこまれることで得られる一体感や憎悪の増幅・発散----トータルにいって、情緒・感情に訴えやすい一面以外は排除する姿勢)は、少しずつでも変えていかないと、「原発安全神話」に騙された時のようになってしまうと、懸念する。


犯罪者を擁護する意図ではなく、さまざまな言及の仕方はあるはずなので、その言及と思考の「工夫」が、「死刑になるような犯罪が起きないようにするにはどうしたらいいのか」(本村氏の希望)を考えていく道に通じるような気がする。


その一方、いくつか疑問が残る。

1:無期懲役の判決を受けると未成年の場合、イコール7年の刑期(と決まっている?)とは、刑を言い渡す意味があるのか? 
2:いくら死刑制度反対の弁護士だからと言って、死刑にならないためなら、何をしてもいいのか?
3:判例主義というが、殺した人数だけで判例になるのか。個々の内実は違うのに、数字合わせにこだわりすぎではないか?
4:もっと本気で被害者をサポートする仕組みはないのか。メンタル面でも法的にも。今後だって、犯罪は起きるのだ。

本書では第13章「現れた新しい敵」以降登場する安田弁護士、足立弁護士だが、彼らがいったい何をやろうとしたのか、今もってよく分からない。本書でも批判の対象であるし、『福田君を…』でもそうだ。というか、著者増田氏はじめ出版元のインシデンツと、何かをめぐって争っている模様だ。
よく分からないので、なんとも言えない。しかし、本書を読むと、随分と被害者を苦しめたのは確かだ。


☆ ☆ ☆

この本では出てこないんだろうなぁと思っていた「福田君」がエピローグ*と、「文庫版あとがき*」に出てきた。『福田君を…』で読んだ「福田君」と随分印象が違うのは、すでにして27才、29才と年をくったからか、でなければ死刑判決を受けて人格上の変化があったからだろうか。死刑支持側で描かれたこちらの方が、そうではない『福田君を殺して何になる』よりも、「福田君を殺して何になる」という気持ちにさせた。

たとえば「福田君」は弥生さん、夕夏ちゃんの冥福を祈る事があるのだが、その名前を自分が呼んでいいのかどうかと悩んでいた。その旨、本村氏に訊いてほしいと著者に依頼する。
尋ねられた本村氏も立派なのは「(「福田君」の希望を叶え面会に行くことはできないが)F君が弥生の誕生日にお祈りをしてくれていることは、素直に感謝しています。二人の名前を口にすることは大丈夫です。」
と、「福田君」にとっては望外な慈悲というか寛容を見せてくれている。

ちょっと興味をひくのは「福田君」が「(前略)その意味で、法定での私は、本当の僕ではなかったと思う。メディアの人たちの前で、僕は頭を下げたくないんです。僕は彼らのことが嫌いです。だから、本村さんにも法定で本当の僕を見てもらうことができませんでした」と、ある意味共感をさそうようなことも言っている。(文庫版あとがきp.330)

戸惑うのは、最近の新聞記事13年目の判決:光市母子殺害事件 元少年、揺れる胸中 「厳刑望む」「死刑には反対」(毎日新聞 2012年2月19日 東京朝刊)の中の「福田君」と比べ、随分とちゃんとした人格に見えることだ。門田氏は読者に通じやすいように、言った内容を整理し脚色しているのだろうか?

☆ ☆ ☆

当方裁判制度に詳しくないのだが、もう裁判はないのだろう。
あとは死刑の執行を待つだけ、ということだろうか…


---
*本書の単行本は2008年6月出版なのでエピローグは2008年に、文庫版あとがきは2010年7月に書かれている


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wild flower

 2月8日リリース12枚目のアルバムBUTTERFLYの8曲目wild flowerを聴いていて、続きを読むをクリックするよりタイトルをクリックした方が表示がきれいです・・・・↑
ラベル:Wild flower
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