2013年09月23日

安倍晋三さんのフェイスブックはまるで王宮の間。ルイ16世かっつーの!

前回の記事に頂いたコメントに昨晩遅まきながらレスをしたところ、朝になって気に入らず削除。書き直して再度アップした。けれどシーサーの場合よくあるのだけど、いっこうに反映されず。ほんとうに重ね重ねスミマセンm(_ _)m

わたしの書き直したやつ↓

10月以降、消費税が上がって、ますますキリキリ余裕のない世の中になるのじゃないかと心配です。

まして一党独裁下で、政治の「受け皿」がどこにもないんですから。

安倍晋三さんが 余程の馬鹿 でないことを願いますね。

 

 

その安倍晋三さんのフェイスブック

見てるとまるで王宮の間。消費税を上げないで下さいと下々の者が列をなして陳情。そうかと思うと日韓交流会に出席した安倍夫人を「どうにかしてください」と非難する身勝手一辺倒のコメがあったり。

一個人じゃないんですよ政治家というのは。韓国が気に入らないからと交流しなかったらどうなると思ってるの。奥さんが日韓交流しているのは、夫がやると国内ナショナリストがヒステリックに罵倒し始めるからそこ回避のために決まっているでしょう。安倍夫婦は日本人的に四方八方頑張ってはいるんデスよ。

それはともかく。
安倍晋三さんがフェイスブックのコメ欄をどれくらい読んでいるのか不明だが、本当にわずかに、消費税増税反対の声を届けることができる、貴重な場となっているのは確かだ。本来ならもっとちゃんとした政治の仕組みが届けるべき「声」を、ここが代用をしている案配。

しかし、それはとても良いことには思えない。

これでは王政だ。

事実、こうして記者クラブの人間から贈り物を受け取っている。贈り物とは、すなわち「賄賂」。物を貰えば相応の「お返し」をせねばという心理力学が働くのは、誰にも身に覚えがあるはず。
それを、受け取る方も、やる方も他愛もなく行っている。
報道する側の緊張感はまるでなし。さすがに野郎どもが贈ると絵的にいかにも賄賂っぽいから、若い女性が利用されたのだ。若い女性=キャーかわいいーと言いながらなんでも愛でる生き物=悪意はゼロ=かわいいーの前には深いことは何も考えていない=したがって賄賂性はない=けどバックにいるのは新聞社=強い絆の証明=これで軽減税率にしてくれるよね!ね!ね!

新聞社が醜いのはいい。というか、よくはないけど、そこは今は面倒だから責めない。
けれど、若い女性がおめおめ利用されてはいけない。こんな風に醜く利用されてはいけない。踏ん張るの、大変だろうけど。

その日、番記者が贈ったもの 具体的に↓

安倍晋三首相は20日夜、59歳の誕生日を21日に控え、報道各社の首相番記者有志から公邸でゴルフキャップやドライバーのカバーなどをプレゼントされた。「はい、どうも」と笑顔で受け取り、激務の合間を縫ったプレーの機会を楽しみにしている様子だった。

 女性記者から「ぜひゴルフをしましょう」と誘われると、首相は「皆さんも練習してくださいね」と応じた。http://www.47news.jp/47topics/e/245830.php

 

※と思われている、ということ。

posted by sukima at 12:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | Politics | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月17日

続★麻生太郎は結局何が言いたかったのかを、考える。副題「そうだったのか!麻生太郎」「あっそう」

麻生氏の発言で宮台真司さんに噛み付かれましたw - Togetter

ということで前回かなり脱線したのでシンプルにします。
宮台氏のまとめである《改憲論議は静かに。騒ぎになれば変えられるものも変えられない。騒ぎになって靖国参拝しづらくなったのと同じ。静かにやればワイマール憲法もナチス憲法に変わる》は、わたしの「答え」とは違いますが、特に間違ってないと思いました。

その一方@suika_sheep氏の<「憲法改正論議に関しては喧騒の中でやって欲しくない」=「一番言いたいこと」 であるのは明白でしょう。>というご意見も、特に間違っているわけではないと、思いました。

どちらもペーパーテスト的には95点〜80点はいってるんじゃないですかね。

しかしながら点数はともかく、両者にはどちらにも難点があると思いました。@suika_sheep氏の方、特定箇所に下線を引いてそこを「言いたいこと」とするのは乱暴すぎます。なぜなら、ひとつのセンテンスはひとつの意味を意味しない、という極めてやっかいにしてユニークにして楽しい言語の宿命があるためです。そのため前後左右に膨らみをもたせたり、レトリックを使用したり(この場合は「ナチスのやり口を見習う」など)と色々と長く語ることになるんですが、それに失敗すると、今度のようになる、という。

あと宮台氏の要旨だと、麻生氏がものすごく賢い人に見えてしまうので、マイナス5点。麻生氏はワイマール憲法もナチス憲法も分かってはいないのです。それにナチスのやったことや、歴史的意味などもさっぱり理解していないのです。仮にしていたととしても、為政者サイドとして多少囓った程度ではないでしょうか。理解していたら、たとえ偽悪的なポーズのためであろうと、ナチスを引き合いに出せるはずもなし。

☆ ☆ ☆ ☆

今回真剣に考えて、注目したポイントは三つ。

  • 麻生太郎氏は、一般に思われている以上に貴族意識が強い
  • マスコミの力が、強すぎる
  • 1、2の複合として、立憲主義を無視した憲法を作ろうとする麻生氏。それを国民に対して悪いとも国際的に問題があるとも思っていない麻生氏。常日頃マスコミに馬鹿にされ、それに耐えているので、十分民主的な気になっている麻生氏。

 

(お腹が減ったので中座)

(食べてきた)

で、偶然にも食後にテレビを付けてたら「テレビ朝日|そうだったのか!学べるニュース」が始まり、「そうだったのか!憲法改正」をやっていた。

まず冒頭、「(法律を守るのは国民だけど)憲法を守るのは誰か」という設問があり、「国家権力者」と解説し始めたので、少し安堵した。池上彰さんが大きく変な事を言うとは思わないけど、池上氏の乗っている船がマスコミである以上、油断はできない。結局、油断できないという一心で、最後まで見てしまった。

まるで、「わーわー騒ぐの、マスコミではないのだよ。マスコミは有意義なのだよ」と、根回しされている気分にもなった。
改めて、マスコミの力の強さを味あわされた。

 

posted by sukima at 02:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | Politics | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月14日

麻生太郎は結局何が言いたかったのかを、考える

ということで、朝日新聞が文字起こしをした麻生発言をつぶさに読んでみることにします。

アサヒコムの記事ブロゴスの記事

 僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。

このエピソードは、「正当な選挙で選んでも極悪独裁者は登場する」実例として、民主主義に疑いを差し挟むためによく使われるものです。が、麻生氏はいったいなぜここでそれを出したのでしょうか? わたしとしては、いつまでもドイツ人の過去の過ちを引き合いに出すなんて、ドイツ人もいい迷惑だなあと思うばかりです。これじゃあ、「日本に侵略された」といつまでも謝罪を要求する中国人や韓国人を悪く言えないじゃないですか。

しかし今はそこは置いておきましょう。

 そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。ここはよくよく頭に入れておかないといけないところであって、私どもは、憲法はきちんと改正すべきだとずっと言い続けていますが、その上で、どう運営していくかは、かかって皆さん方が投票する議員の行動であったり、その人たちがもっている見識であったり、矜持(きょうじ)であったり、そうしたものが最終的に決めていく。

現行憲法をほめているんだか貶(けな)しているんだか、よく分からない事を言っています。しかしここを読む限り貶しては、いない。貶さず、どっちかというと、認めつつ、そういう良い憲法下であっても、ナチスのような事は起きる、という文です。

つまり麻生氏は、「憲法は改正すべき」。そしてそれがどんな憲法であろうと、最終的には議員の「運用の仕方次第」という考えを言っています。

これは、自民党議員〜麻生太郎氏を信じる者には通用する理屈ですが、そうでない者にとっては「それが一番不安なんだよ」と言いたい発言です。

 私どもは、周りに置かれている状況は、極めて厳しい状況になっていると認識していますから、それなりに予算で対応しておりますし、事実、若い人の意識は、今回の世論調査でも、20代、30代の方が、極めて前向き。一番足りないのは50代、60代。ここに一番多いけど。ここが一番問題なんです。私らから言ったら。なんとなくいい思いをした世代。バブルの時代でいい思いをした世代が、ところが、今の20代、30代は、バブルでいい思いなんて一つもしていないですから。記憶あるときから就職難。記憶のあるときから不況ですよ。

「20代、30代の方が、極めて前向き」との件、何に前向きと言っているのか、「憲法の改正」に前向き。中でも、国防軍の設置など表した9条の改正と推察します。ただ不明なのは、「記憶あるときから就職難。記憶のあるときから不況」とそれがどう結びつくのか。現行憲法のせいで就職難や不況と、言いたいのでしょうか? 謎です。

それにしても、72才の麻生氏、どういう理由で20代、30代に共感しているのでしょうか? 麻生氏の考えと20代、30代の考えがどこかで一致しているから、としか考えられません。それは何か。

たぶん、領土問題です。
この年代(の特に男性)の、領土問題と、日本海を挟んだお隣の国々への関心(おもに敵意)は、なみなみならぬものがあると、わたしは感じています。
これが何を意味するのか?
ひとつは、竹島や尖閣諸島は日本の国土なのだという思い。それを奪おうとする隣国への憎しみ、怒り。
同時に何よりも重要なのは、その思いを共にする者同士の連帯感、仲間意識。

やや脇道にそれていきますが、この下書きます。
今の20代、30代は一貫して、学校によりイジメ(はいけない)教育を受けてきました。
もちろんイジメはいけないのですが、その教育の内実は多分に教師や学校の保身です。
もしも、自分のところでイジメが起き、万一自殺者が出たら、マスコミがやってきて叩きまくって教育委員会ぐるみ批判しまくってさらし者にされて、大変なことになります。

そのため、相手の立場になること、相手がいやがることをしないこと、想像力をもつこと、などなど沢山教え、イジメの芽は早め早めに摘み取ってきました。
しかし人と関われば湧いてくるのは好感情ばかりではありません。どうしようもなく、イヤな感情も湧いてき、ひいては攻撃的になる時もあります。まして集団の心理力学は複雑です。イジメ、自殺はあってはならないことですが、マスコミが騒いでどうこうする問題ではないのです。

親も似ています。
わたしだけかもしれませんが、毎日毎日学校に子どもを送り出す中、自分の子どもが虐められてたらどうしよう。それで自殺したらどうしようと、怖くて怖くてたまりませんでした。
逆に、虐めていたらどうしようとも考えます。その可能性もあり、それも不安です。学校で起きていることはブラックボックスみたいなもので、子どもに聞いてもよくわからないのです。
どちらにしても、薄氷を踏むようにビクビク怯えて生きてきたのが、子育ての10〜17年間でした。

今の若い人は、パーフェクトな対人態度を見せる人が多いです。感じの悪い人が、本当に少なくて驚きます。 これもイジメ(はいけない)を含んだ思いやり的な教育の成果かもしれません。
しかしそれだと、子どもが対人関係で持つ、さまざまな感情や欲動のうち、かなりの部分に最初から縛りがかかるため、自身の疎外が生じ、平たく言えばいつまでたっても孤独と不完全燃焼感は解消されません。

しかしながらそう教育されていますから、身近な人間関係はそつなくこなします。
そして、その中で燃焼仕切らない感情の処理、という役割を兼ねつつ、とりあえず無関係な隣国の人間へは憎悪を堂々と持つ。加えて、同様な者同士の心強い連帯感を得ている、のではなかろうかという、そういう推測をしてしまうのです。

以上ここでわたしが言いたいのは、ひたすら9条の堅持を頭ごなしに言っても、抑圧でしかない、ということです。
20代、30代の胸中にあるものと、置かれた状況を真剣に考えて討議していくことが、本当の意味の「平和」を志す道であり、戦争がないことが平和ではない、という、よく言われる言葉です。

 この人たちの方が、よほどしゃべっていて現実的。50代、60代、一番頼りないと思う。しゃべっていて。おれたちの世代になると、戦前、戦後の不況を知っているから、結構しゃべる。しかし、そうじゃない。

「しゃべっていて」ということを、繰り返し言う麻生氏ですが、喋っている相手は自民党内部の人と思います。自民党内部の50代、60代だけで判断しているようなのですが、そんなのが判断材料になるんでしょうか。

 しつこく言いますけど、そういった意味で、憲法改正は静かに、みんなでもう一度考えてください。どこが問題なのか。きちっと、書いて、おれたちは(自民党憲法改正草案を)作ったよ。べちゃべちゃ、べちゃべちゃ、いろんな意見を何十時間もかけて、作り上げた。そういった思いが、我々にある。

 そのときに喧々諤々(けんけんがくがく)、やりあった。30人いようと、40人いようと、極めて静かに対応してきた。自民党の部会で怒鳴りあいもなく。『ちょっと待ってください、違うんじゃないですか』と言うと、『そうか』と。偉い人が『ちょっと待て』と。『しかし、君ね』と、偉かったというべきか、元大臣が、30代の若い当選2回ぐらいの若い国会議員に、『そうか、そういう考え方もあるんだな』ということを聞けるところが、自民党のすごいところだなと。何回か参加してそう思いました。

若い者の意見を古い体質や年功序列型思考で排除するではなく、「憲法改正草案」を作ったと、そこを自慢しているようです。「べちゃべちゃ、べちゃべちゃ」という擬音をなにゆえに使用せねばならないのか不明ですが、彼なりに臨場感を出したのかもしれません。

 ぜひ、そういう中で作られた。ぜひ、今回の憲法の話も、私どもは狂騒の中、わーっとなったときの中でやってほしくない。

問題の、静かに… がこのあたりから始まります。
文章で見る限りにおいては、麻生氏が言いたいのは、一生懸命に作った自慢の改正案なので、自分たちがやったと同じような静けさの中で考えてほしい、話しをしてほしい。と。そのように、受け取れます。

 靖国神社の話にしても、静かに参拝すべきなんですよ。騒ぎにするのがおかしいんだって。静かに、お国のために命を投げ出してくれた人に対して、敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。静かに、きちっとお参りすればいい。

 何も、戦争に負けた日だけ行くことはない。いろんな日がある。大祭の日だってある。8月15日だけに限っていくから、また話が込み入る。日露戦争に勝った日でも行けって。といったおかげで、えらい物議をかもしたこともありますが。

ここは上記20代、30代の琴線にとりわけ触れそうな箇所です。
ただ「騒ぎにするのがおかしい」か、おかしくないかは、麻生氏が一般人ではない以上、判断は保留しておきます。

 僕は4月28日、昭和27年、その日から、今日は日本が独立した日だからと、靖国神社に連れて行かれた。それが、初めて靖国神社に参拝した記憶です。それから今日まで、毎年1回、必ず行っていますが、わーわー騒ぎになったのは、いつからですか。

≪1952年4月28日 - 日本国との平和条約発効により主権回復。日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約発効。日華平和条約締結(8月5日発効)。GHQ廃止。≫via wikipedia

1940年生まれの麻生氏が1952年には誰かに連れられ靖国を参拝している。
お祖父ちゃんのお祖父ちゃんが大久保利通だったりと家柄の特別な方ですから、そういう事もあるでしょう。
ただそれは、あくまでも個人の思い出ではないでしょうか? 思い出は誰にもあります。そういった個人的な思い出を、おおやけの場所で、政治的事柄の説明、根拠として使うのは間違っています。

 昔は静かに行っておられました。各総理も行っておられた。いつから騒ぎにした。マスコミですよ。いつのときからか、騒ぎになった。騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。

話しの滑り出しでは否定できていたナチスを、ここでは肯定しています。

麻生氏がここで悪のヒーローぶって嘯いたのは「マスコミ」が話しに出てきたから。

マスコミとは、麻生氏にとって、由緒正しい家柄で国の要人であり特別である自分たちに色々と茶々を入れ、行動を制限する、不愉快な連中。

 わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない。

http://www.asahi.com/politics/update/0801/TKY201307310772.html

気になるのは、麻生氏にとっては、民主主義=マスコミなのだという事です*1。
「僕は民主主義を否定するつもりはまったくありません」と言っているのは、「僕はマスコミを否定するつもりはまったくありません」と言っているのと同義。
確かに血統書付きの家柄の麻生氏を、色々と小馬鹿にしているらしきマスコミですから、民主的に見えなくもありません。
が、そんなのを民主主義、つまりは話し合いで憲法論議をしていきたいと考える、多くの民主的な人々と一緒にするのは、あまりにも視野が狭くないでしょうか。

☆ ☆ ☆

そんなこんなで最後まで来たので、要旨をまとめます。

≪僕達が一生懸命に作った「憲法改正草案」を静かに肯定してほしい。静かによく考えれば誰だってこれしかないと思わずにいられない名憲法だから。そして黙って静かにこの憲法に変えるんだ。≫

もしも民主主義を本当に麻生氏が前提としているなら、憲法改正について話し合おうと、一言でも言うはずですが、それはなかったので上のようにまとめました。自民党内部ですでに話し合っているため、その他の話し合いというのは、考えていないようです。

なので、麻生氏肯定の人が言う「憲法改正論議に関しては喧騒の中でやって欲しくない」=「一番言いたいこと」の意味するところが、マスコミの騒ぎではなく、ちゃんと話し合おう。という意味ならば、それは素晴らしいのですが、そういう意味の「喧騒の中でやって欲しくない」とは、思えません。

☆ ☆ ☆

posted by sukima at 00:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | Politics | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月22日

2013年参議院選挙雑感。副題:9条は守るよりも使い道考えた方がよくない?

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今度の選挙には「ネット選挙運動の解禁」という大きな変化がついてきた。

最初はあまり自分には関わりがない気がしていたが、よく調べると「ネット選挙運動」は一般有権者にも行え、自分のリコメンド候補者を発掘して当選運動ができる、という、ちょっとしたサポーター気分を味わえるオツなものだった。

ただ今回初めてだったため、あまりよく活用できなかった。しかも家庭内選挙運動に失敗し、うちの若者二名を投票に行かせることもできなかった。いくら子どもでもハタチ過ぎれば大人なんだから親が口出しするなと言われりゃそれまでだが、動揺した。
どうして行かないんだと、考え込んでしまった。
が、まあしょうがないね。勝手にしやがれだ。

さてさてそんな中、とあるメルマガで知ったのが「民主党参院選スペシャルサイト声!|日本をよくする47のアイデアを聴く」だ。民主党が47名の人々から日本をよくするアイデアを聴いている。
落ち目の民主党が聴いてどうするって感じではあるが、ちょっと読んでみたら、けっこう面白いことが書いてあった。

それでわたしも「日本をよくするアイデア」を思いついたので、この下に記す。

参院選の勝利に気をよくした自民党はこのあと、「国民から改憲案にゴーサインが出た」ということで憲法を変えようとするだろう。
恐ろしいことに9条も例外ではない。
そうなると、またまた護憲派、とくに9条を死守せんとする言説が賑やかになるだろう。
賑やかくらいだといいのだが、殺気だってくることが予想される。
無理もない話しではあるが。
けれど同時に思うのは、9条とは深窓の令嬢の如く世の汚れから守ってあげる対象では「ない」のではないか、ということだ。9条にはこうある。短いので全部引用。

第9条 戦争放棄、軍備及び交戦権否認

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

国際紛争を解決する手段として、武力および武力による威嚇を放棄するというのなら、何を手段とするのか?
答えは、「武力以外」だ。
まちがっても、国際紛争を解決しようとしない、ではない。
「武力以外」のものって何だって話しだ。
人によってまさか答えが違うかもしれないが、外交とか説得とか話し合いとか交流とか、そういうものだ。
しかし9条を誇らしくもつ国として、それを本気で考えているとは思えないくらいに、日本では英語教育は効をそうしていない。残念ながら。もちろん英語以外の第二外国語もだ。なにせ、日本語を話す人間は世界で2%しかいないのである。それで国際紛争の解決手段が武力以外って、無理なんじゃないのか。

本来9条(とか憲法)とは、みんなで頑張って守り抜くというだけではなくて、9条の国なんだから何が何でも武力以外の方法を習得しないといけないという流れになり、ひいては9条のおかげで母語以外も堪能になり交流範囲が広がった、楽しくなった、となって、国民のためになる、のが筋じゃないだろうか。

他にもある。
男女がどれくらいの割合で社会に出ているか、だ。

日本は日本の女性就業率24位 OECD加盟34か国中
2013/7/17 11:51

経済協力開発機構(OECD)は2013年7月16日、加盟34か国の雇用情勢を分析した「雇用アウトルック2013」を公表した。

日本の25〜54歳の働き盛り世代の男性の就業率は92%と加盟国中スイスに次ぐ2位だが、同世代の女性の就業率は69%で、加盟国中24位にとどまった。
OECDは日本の女性の労働参加を促すため、長時間労働の削減や勤務時間の柔軟性向上、正規・非正規労働者の雇用保護格差の是正などの対策を取るべきだとしている。

via:日本の女性就業率24位 OECD加盟34か国中 : J-CASTニュース 同じ素材のハフィントンポスト→女性の就業率加盟国中24位 男性は2位なのに・・・要因は?=OECD雇用アウトルック【争点:少子化】

先進国中非常に低い女性の就業率という話しだ。つまり、男性は男性同士でかたまって同質な者同士だから、たいして難しいコミュニケーションはせずとも同一土俵で競争原理でいる。同じ肉体構造でだいたい似た感性の者同士なら、楽ではある。しかし、男女が共存するという、「よく分からない存在」がいるからこそのアソビと想像力が活性化してこない。
とても、平和から遠い姿だ。
9条の国としてこれでいいのか。
たまに、男女が半々くらいだと風紀が乱れるというか、不倫が多発する、みたいな心配をする人がいるが、そして不倫が相当嫌いな人も多いので言うが、むしろ、男女半々くらいの方が不倫などは起きにくいと思う。というのも、いくら男女が同比率でいるからといっても、同性との関係を無駄に悪化させたくないからだ。いうなれば、多い同性が「抑止力」になるのである。もちろん、どうしてもそうなりたい場合は抑止もヘチマもないが。

そんなこんなで、国家に対しては「まだまだぜんぜん、本気で9条を守っていないじゃないか」と。
そういう方向で国民サイドから国家へ命令を下してよいのではないだろうか。

(知らない人に解説:憲法とは、国が国民を管理するものではなく、国家権力の暴走を防ぐためのもの)

 

タグ:9条
posted by sukima at 03:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Politics | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月07日

2013年夏の参議院選挙への興味をみずから盛り上げる

カレンダーアプリ「ガチャスケ」

参議院選挙が今月の21日にある。参議院は、衆議院とちがって、任期途中で解散することがない。つまり、任期6年間をそのまま勤め上げることで有名な議会である。参議院選挙は3年おきに行われ、半分ずつ入れ替わる。

この事がナニを意味するかというと、その時々の熱情的な世論の勢いが反映されるのは半分だけとし、冷静さを半分は残し、急激な変化を避けるためである、という。

昔の人の知恵には今さらながら頭が下がる。この時代で言えば、「韓国むかつく」「中国むかつく」と勢いづいている人々が、たとえ数は少なくても声が大きいがために、世論の趨勢であるかの如く振る舞い、影響された人々が「なんかそういうもんかなー」と思って、ついつい自民党や維新の会に投票してしまう。

と、いうよりも、その勢いに負けてしまって、ついつい投票行動を嫌忌してしまう。忌み嫌って避けて通ってしまう。

結果として、自民や維新に投票したのと同じになってしまう。(投票率の低さは、特定政党に有利に働くため)

そんなだったら、自らの手で自民党や維新に投票した方がまだマシだろう。
わたしの場合、どの党が何を言っているのか、まだ研究しきってないため、これから調べ、21日には投票行動を遂行したいと思い、愛用のカレンダーアプリ「ガチャスケ」にも書き込んだ。

 

posted by sukima at 14:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | Politics | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月18日

続・小沢一郎さん今どうしてる?

わたしの2年半前の過去記事、小沢一郎さん今どうしてる??にここんとこアクセスがある。これは、小沢さんに何か動きがあったというサインだろうか? と怪訝に思いサーチしたところ、小沢事務所は新たにニコニコ動画にチャンネルを作っていた。

曰く、じゃーん
小沢一郎すべてを語る - ニコニコチャンネル:政治

と、いうのである。もうネタも尽きたろうと思うのだけど、小沢さんにすべてを語らせたがる人はまだまだ健在のようだ。
に、しても、前記過去記事を見ると、2010年当時の小沢さんの置かれていた状況がどんだけ危機的、末期的、いやさ中世の暗黒時代さながらの厳しさだったかと、あらためて思いを馳せる。でもって、当時最悪に予測されていたより小沢さんは息をつないで、命脈を保っている。ほとんど、奇跡に近いのじゃないかとすら思う。全マスコミが、全勢力をあげて抹殺しようとした、あの当時の状況を煮え湯が逆流する感覚で思い起こすと。
でもまだ小沢いちろー氏は、生きている…じーん

それは、きっとたぶん「我々」のたゆまない努力と抵抗の意志が導いた結果であるはずだ。誰が我々なんて詮索はともかく。それに、小沢一郎氏の力量のおかげなのは当然としても。

思わず感激したので、850円は高いなと思ったけど、それどころじゃないので、会員登録した。
で、さっそくコンテンツ拝見といこうじゃないのといさんだ。したら、【緊急対談】小沢一郎×堀江貴文×茂木健一郎(vol.1) ‐ ニコニコ動画(原宿)(2013/05/14 12:00 投稿)というのがあり、茂木健一郎さんてどこにでも登場するんだなとびっくりした。先日、jcomオンデマンドで『みんな!!エスパーだよ!!』というドラマみつけて喜んで視聴していたところ、そこにも愛知県の片田舎を背景に出てきたので、何やってんだろ?と思ったばかりだというのに。脳科学者なら「東大出だからって頭がいいとは限らない」ということを、科学的に証明して欲しい。だって、日本の不幸の元凶、相当に東大なんじゃないのって思う場面が多すぎる。そりゃまあ「お任せしてばっか」のこっちも悪いけど、そういう体質を作ってしまう東大を頂点とした教育制度がモンダイだってのもあるはずで。身をもって「あほだよよよよーーん」みたいにするのは、もういいから。

そんなこんなの茂木氏が司会で、いろいろ進行。かなり長かったので、最後までは見れなかったけど、特徴的なのは、小沢氏、気を遣うのどうでもよくなったのか堂々と官僚批判していたこと。官僚というのか、なんでも四角四面に規制を作ってしまう役所のやり方といったほうがいいかな。かたや堀江氏の方は、特にそれに同調してはいなかった。全体に、思っていたよりは面白かった。最初より中盤以降の方が良い。印象的だったのは、今自民党が一党独裁的に強いけど、ひとりポッと国民の関心を集める人が出れば、それで流れが変わるという、選挙の話し。

じっさいもんだい、参院選、自民が勝つ暗雲ばかりが濃厚にたちこめているけれど、それでいいと思っている人は少ないと思う。

それは違う、自民は違う、というこの気持ちの受け皿になる政党は、どこなんだ?

posted by sukima at 19:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | Politics | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月11日

地域自治に役立つSNSアプリの登場、待たれる

yahooみんなの政治

次回参院選挙から「ネット選挙解禁」になったという。ネット選挙についてはまず「Yahoo!みんなの政治 - ネット選挙解禁でできること」をチェックしたい。

さて、それとは別に、もっと個人が政治にアクセスしやすくなる、アクセスするだけではなく、自分たちの意見の代表者を自分たちで出しやすくなるにはどうすればいいのか。国政も大事だが、まず自分が住む地域のことを自分たちで決められるにはどうしたらいいのか? と考えずにいられない。

そこで思いついてしまうのがSNS、ソーシャルネットワーキングだ。
SNSといえばフェイスブックが有名で、実際あちこちの市が市政にフェイスブックを取り入れている。それがどの程度機能し活用されているのか、該当市の住民ではないのでよく分からない。が、あまり便利ではないと思う。その理由をいくつか列挙すると

  1. フェイスブックは一人一アカウントであるから、地域生活とクロスさせたくない面が出てくる
  2. フェイスブックの機能は交際相手をみつけるのに便利でも、既婚者にとっては逆に不便
  3. 顔出しが原則であるから、顔を見せていると地域密着であるがゆえ犯罪面が心配
  4. 意見を散発的に言うのはできても、その集約などに不便そう
  5. 自治体のフェイスブックなので、あくまで自治体からのトップダウン型の交流になる
  6. 過去にイジメを受けたなど、思い出したくない過去のある人はそもフェイスブックに登録しない

といった感じだろうか。
そう考えるとやはり、日本は日本で、独自に地方自治に役立つプログラム、アプリケーション、SNSを作ると良いと思えてならない。そこで似たセンを探すと、まちBBSというのがあり、これも良いのである。が、問題は匿名度が2ちゃんと同じに高いので、気分の悪いカキコを読まされることが少なくないことだ。これをもう少しフェイスブックに近づけた実名性をもたせたい。

sendai.png

と思いながらiPhoneのAppStoreで『地域』『SNS』で検索すると、「Eyeland」というのをみつけた。カスタマーレビューにも「近所の人と一緒にご飯に行けて楽しい!!」とある。さっそくわたしもダウンロード。すると最初にIDを登録するのだが、その時にブラウザが開いてあれこれと警告文を読まされる。曰く「Eyelandは出会い系ではありません!云々」

出会い系かどうかも不安だが、地域型なので避けられないとはいえ、最初に位置情報を取得されそれがアバターとして表示されるのだから不安だ。そのためわざとずらした位置表示にしているそうで、確かにわたしも南西方向に100メートルほどずれた場所にいることになっていた。全部同じズラシだったら逆算でばれるので、変化させていると思いたいところだ。わたしがアクセスした時は近所に10人くらいがいた。知っている近所だからか、妙に親近感を感じた。ちなみにこの画像は「仙台」のもので、大都市なので大勢アクセスしている。

 

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←こちらは京都。タップするとニックネームが出てくる。
(ニックネームはわたしが黒地で隠しました)

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詳しい情報が出てきた場面。年齢、性別の下にもっと詳しい情報あり

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←福島県浜通りでもやっている人がいた!

で、呼びかけるとチャットができるし、あるいは、記事の投稿が写真とともにできる。

特に運営がイメージしているのは、<旅先に出たときに、当地の人しか知らない情報を、アバターに話しかけて教えてもらう>といったもののようだ。

それも楽しいだろう。うまくいけばコミュニケーションツールとして役立つ。ただし、やはり悪用する人の存在を頭から消すのは、ちょっと難しいが…

と思いながら、とりあえずアプリ終了すると、しばらくして「バッジ」が付いた。どうやら誰かがチャットを申し込んできたらしいのだ。ともかく確認すると、26歳の男性が「ムラムラムラムラ」とのこと。
これは地域SNSとして不適当だなと、断言せざる得なかった…。

普通にやっていると、このように出会い系に傾くか、あとは商業活動に傾くことになる。それではちょっと違う。
たとえば、自分たちの音楽を地域で聞かせる。ちょっとした屋台を開ける。育てた野菜や花を提供する。場所を提供してもらって行えるようなこと、あるいはその告知や感想の場。あるいは地域の中で誰が助けを必要としているか。助けを提供出来る人は誰か。もっとSNS的にアプリ的に合理的にかわゆく行える。それプラス、意見交換の場になる、会話やコミュニケーションの場になる、といったイメージだ。

それらを円滑に行うには、第三者の介入が必要と思われる。つまり、職業的に地域のSNSをコーディネイトしてくれる第三者だ。ネットが始まって十余年。どういう問題が起きやすいかは、大方判明してきた。同時に、地元や地域内での関わり、他人との接触を避ける力学と心理がどう発生するのかも、ある程度は知見が集まっていると思う。

知と機が熟してきている。
まずツールから。まず環境から。
と考えるのも有りだと思うのだ。

posted by sukima at 06:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | Politics | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 

 

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