2008年06月04日

充たされざる者 / カズオ・イシグロ著 古賀林 幸訳, media:書籍(ハヤカワepi文庫)

当方、イシグロ作品を今まで三作、レビュウしてきた。

最初は、2005年作で2006年の大ヒット作『わたしを離さないで』
次に、2000年の作で、戦前の上海租界を描いた『わたしたちが孤児だったころ』
さらに遡るが、1989年作で映画化もされた『日の名残り』

しかし、どのレビュウも失敗だった。
ことに、『わたしたちが孤児だったころ』は、酔っ払いながら読んでいたものであるからして、そもそも当てにならない感想。
『わたしを離さないで』は酔っ払ってはいないながら、「ネタバレ」を避けるためにうまく書けなかった。
唯一、『日の名残り』だけはシャンとして書けた。
『日の名残り』が中でも一番、作品全体をつかみやすい、比較的分りやすい小説だったこともある。

それでも、『わたしたちが孤児だったころ』に関連して、戦前の上海の様子や日本軍の動き、それに中国の当時の歴史をわずかでも調べられたことは、非常に有意義だった。ことに、当時は安倍晋三の台頭した時代で、安倍の祖父岸信介もアヘン貿易に関わっていたこともあり、時代にシンクロしていた。そう考えるとやはり、感想は書かないより書いた方がいい。

★ ★ ★ ★ 
ということで本作であるが、桁外れに分厚い本なので時間がかかった、というよりも、こういう本を読むことが日常の一部になれば、それはそれ、長くても苦にはならないし、平行して東野圭吾の『探偵ガリレオ』や関暁夫の『都市伝説―信じるか信じないかはあなた次第』なんかも読んでいたが、何の影響もない。ちなみに、関暁夫の文章は(ホントに本人が書いているのかは謎だが)、最後に「信じるか信じないかはあなた次第」で〆ればいいので、あとは何を書いてもOKという、けっこう使えそうな文章作法である。また、もともとが「ウソだー!!」という反論の糠床みたいなパラグラフのカタマリ同士を、いいわけめいた文章で繋がず、単に空間で区切っていく作法もブログで使えそうだな、と思った。

まー言われんでもすでにやっているけど。


『充たされざる者』の登場人物は全員充たされない者ばかりである。
が、第一に、読んでいるこちらが充たされないことこの上ない。
ただ、何箇所か奇跡のように充たされる場所もあって、例えば、ホテル滞在二晩目に、ライダーが熟睡できたところ。
そして、意外にもゾフィーがライダーに優しい言葉を言ったところ。
そして、意外にもライダーが、「わたしなんかトシだから」と謙遜するゾフィーに「君が一番美しかった」「君が一番重要」といった意味の言葉を発したところ。
これらがピンポイントで入っていなかったら、悪夢以外の何モノでもない作品になっていたものが、そうではなくてホッとした。

イシグロの登場人物はみなほとんど、礼儀正しく、常に相手の立場や心情をおもんばかるため、いたって常識的に、そして穏当に進行するのであるが、それがトラップとなっている場合もあり、たとえば『わたしたちが孤児だったころ』では、オトトトっとーそうきたか!!というような展開を見せギョッとさせ、安心して読んできた読者(特にナイーブな読者)を心底辟易させ、作者を軽蔑をさせるようなところがあるのであるが、実際問題現代では、児童ポルノにしろ、凄惨な残虐映像にしろ、露出過剰のポルノにしろ、当たり前に氾濫しすぎているため、ちょっとやそっとでは誰も驚かないのである。そんな時代の中、いったい作家が取りうる手法は何か、作家が描きえる暗黒や驚きは何か、そんな模索の中編み出された方法なので、少々冗長なのも致し方ない、

冗長さに上手に慣れないと、『わたしたちが孤児だったころ』を読んでいた頃のわたしのように、ビールを一杯やりながら、となってしまうので、現代人の読書は、旧来どおりにはいかないかもしれない。

『充たされざる者』の中で、わたしには実感として理解しづらい部分も多くあった。
ひとつは、あまりにも両親に期待されすぎてしまう、ということがどういうことか測りかねた。
わたしは親に何か期待されたことは、成績であれ、収入であれほぼ皆無だから、身にしみて理解することが出来ないのだ。
しかし、本作中の人物達の、両親からの期待のされ方は、尋常ならざるものがある。
ことに、ここで描かれる町は、中欧のどこか架空の町で、どういうわけか「音楽」が最高の権威であり、最高の芸術であり、命より大事なんじゃないかってくらいの、巨人ファンにとっての巨人以上のものがあるくらいの、とにもかくにも至上にして至高のものであるから、最高の指揮者、最高の作曲家、最高の演奏家であることが、何にも増して最高という町。

であるから、登場人物の何人かは、過剰にして過激なまでの音楽家としての期待を受ける。
中でホテルマンであるホフマンの、息子シュテファンへの期待の仕方は、狂気の域であるばかりか、ぜんぜん見当外れの評価を息子に下した挙句に一人で思い込み、一人で嘆き、一人でポーズを決めているという、作中ブロツキーの指揮を表現した「危険なまでに邪道」な領域に近いのである。といってもむろん、これは音楽ではなく小説であるから、それはそれで面白く笑え、同時に悲しくもあり、哀れであり、段々と怖くなるところで、映画にすると面白そうだなと感じた場面でもある。

もしも読者の中に、親に期待されるという状況を、脅迫的なまでに知っている人がいたら、読みながら胃潰瘍になるかもしれないことを忠告しておこう。

そんな町に演奏のためにイギリスからやって来たライダーは、「世界的ピアニスト」だから、読者の期待はおっつけ、「木曜の夕べ」なる町のコンサートにおけるライダーのピアノ演奏が、どのように素晴らしく、どのような喝采を受け、どのように褒め称えられるのか、というあたりで盛り上がる。自分の、さして誰にも誉められたことのない人生は忘れ、ライダーと同化しようと、待ち構えるのだ。

ところが、そうは問屋が卸さない。

いつまでたっても、いつまでたっても、いつまでたっても、その場面はやってこない。(ネタばれ)

ただ、全然ピアノに触れなかったわけではなく、他人の絶賛を受けるよりもある意味有意義な個所で弾くことになる。
それに、ライダーに勝るとも劣らない才能をたたえた某登場人物が弾くことになるので、別にいいっちゃいい。


★ ★ ★ ★ 

そうそう、最近わたしは「父」について考えようとしていたのだ。
うまく考えられないので少しだけ。

ライダーも、実は父だ。
というか、父なのか?謎、という程度に父だ。
なんともチンパンジー並に父がかく乱されている。
妻に当たるのがゾフィーで、ゾフィーも、妻なのか?謎、という程度に妻だ。

わたしも立場上妻なのでどうしても妻の肩を持つ読み方になり、そうすると、ライダーってやつはかなり不愉快な点が多いわけであるが、しかしそれとて現実の人間と同じくらいの不愉快さなので、度を越えているわけではないとはいえ、なかなか腹立たしい男である。しかし、ゾフィーもいまひとつ頑張りが足らないところもあって、それが彼女のクセなのだろう、今度こそうまくやると言いながらちっともうまくやれないでいる。そんなゾフィーの、「父」との関係には、ドキリとさせられるものがあって、ふたりは、ある出来事をキッカケに、一言も口をきかなくなり、そのまま延々と20年以上もの時が流れている、そんな、父と子なのだ。いったい、今まで、こんなどうでもいいような、けれど当人にとっては牢獄のような状態を小説にした作者っているんだろうか、って思うと、だから読んでしまうんだよなぁと思ってしまう。わたし自身、5歳の時に、父がコップにビールを注ぎ、その泡に魅せられるまま生意気なことを言い、それにカチンと来た父がわたしのオデコをピシャリとはたいた、という出来事をきっかけに、一言も口を利くことができなくなってしまった。

本当に、ただの、一言も。
そんなことを、鮮やかに思い出すのだ。
その後、家を出て、成人して結婚して、それくらいから少しずつ一般会話なら出来るようになったものの、腹を割ったような話や、お互いを思いやるような話は、なかなかできない。それでも時々は電話をしてくれというのが、父の唯一の娘への願いなので、これはしないわけにはいかない。
いかないのだが話すのが億劫で、つい、いつまでも電話しないままで。
そうこうしているうちに、父は死んでしまう、早く何とかしなくては、と焦るのだけど…

父としてのライダーは、おおむね可もなく不可もない、といったところだろうか。
もっと良い父であってくれと、妻ならそして母なら願う、というか男を脅迫するところで、実際ゾフィーはそうしているけれど、はかばかしい成果はないのである。誤解してはならないのは、だから、どうだ、ということではなく、何か裁かれているわけではない、ということだ。ゾフィーにしても、時々脅迫じみたかと思うと、巫女のように寛容になり、かと思うとまた…

そんなリズムの中だから、このラスト、コーヒーを持ったはいいが(この充たされない小説の中では、コーヒーとか出てくると、本当に美味しそうに感じる)、本当に飲めるのかどうか、はなはだしく不安になる。それでもようやく、コーヒーをたっぷりと注げた。そして、トレイにクロワッサンやフルーツやソーセージをたくさん載せられた。

それだけで、今、充たされたような気分だ……


ところでゾフィーの父が、音楽至上の町の格差社会の中で、おそらくは最下層に属すると想像される、ホテルの荷物持ちポーターという職業で……なんて書いているとキリがないのでこれくらいにしようか。
いったい、何時間かかってこの感想を書いたであろうか。
そして、読むのには、どれくらいの時間がかかるだろうか。

時間の歪みも、本作の特徴となっていて、とても実験的な内容となっている。
性急なカタルシスを求めない、じっくりゆっくりとした読みのために、充たされざる者、当アフィリからの購入をぜひオススメする。


posted by sukima at 10:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | BOOK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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