充たされざる者 / カズオ・イシグロ著 古賀林 幸訳, media:書籍(ハヤカワepi文庫)

(内容をかなり明かしているので注意!!)

『充たされざる者』の登場人物は全員充たされない者ばかりである。
第一に、読んでいるこちらが充たされないことこの上ない。
それでも何箇所か、奇跡のように充たされる場面もあった。
例えば、ホテル滞在二晩目に、主人公のライダーが熟睡できたところ。 妻であるゾフィーがライダーに優しい言葉を言ったところ。 ライダーが、「わたしなんかトシだから」と謙遜するゾフィーに「君が一番美しかった」「君が一番重要」といった意味の言葉を発したところ。

全体の0.1%程度の割合であるけれど、これらがピンポイントで入っていなかったら、とても最後まで読みとおせなかったろう。

『充たされざる者』には、実感として理解しづらい部分が多くあった。
例えば、あまりにも両親に期待されすぎてしまう、ということがどういうことか測りかねた。
わたしは親に何か期待された記憶がないから、身にしみて理解することが出来ないのだ。
本作中の人物達の、両親からの期待のされ方は、尋常ならざるものがある。
中欧のどこか架空の町である本作の舞台では、「音楽」が最高の権威であり、最高の芸術であり、命より大事なんじゃないかってくらいの、至上にして至高のもの。最高の指揮者、最高の作曲家、最高の演奏家であることが、何にも増して最高という町。
であるから、登場人物の何人かは、音楽家としての期待を過剰にして過激なまでに受ける。
ホテルマンであるホフマンも、息子シュテファンに対し狂気に近い期待をもつ。その上、とんでもなく見当外れの評価を息子に下し、一人で思い込み、一人で嘆き、一人でポーズを決めている。

ライダーは、そんな町に演奏のためにイギリスからやって来た「世界的ピアニスト」だ。物語は、ライダーがピアノを弾くことになっている「木曜の夕べ」にいたるまでの時間をえんえんと描く。読者は早くその時がこないかと待ち構える。音楽が至高の町であるから、ライダーの演奏はどれほどの喝采を受けるのだろう? きっと絶賛の嵐になる。早くその時が来ないか。

ところがそうは問屋が卸さない。

その場面は、いつまでたっても、いつまでたっても、いつまでたっても、やってこない。(ネタばれ)

といってもライダーが全然ピアノに触れなかったわけではなく、他人の絶賛を受けるよりもある意味有意義な個所で弾くことになる。
それに、ライダーに勝るとも劣らない才能をたたえた某登場人物が弾くことになるので、別にいいっちゃいい。


ネタバレが多くなったので、自分の思い出を混ぜて、作中に現れた「父」について書き留めたい。

ライダーは世界的ピアニストなだけではなく、実は父だ。
というか、父なのか?謎、という程度に父だ。
なんともチンパンジー並に父がかく乱されている。
妻に当たるゾフィーも、妻なのか?謎、という程度に妻だ。

わたしも立場上妻なのでどうしても妻の肩を持つ読み方になり、そうすると、ライダーってやつはかなり不愉快な点が多い。しかしそれとて現実の人間と同じくらいの不愉快さなので、度を越えているわけではない。とはいえ、かなり腹立たしい男である。しかし、ゾフィーもいまひとつ頑張りが足らないところもあって、それが彼女のクセなのだろう、今度こそうまくやると言いながらちっともうまくやれないでいる。そんなゾフィーの、「父」との関係にドキリとした。ゾフィー父子は、ある出来事をキッカケに、一言も口をきかなくなり、そのまま延々と20年以上もの時が流れている、そんな、父と子。

わたしも5歳の時に、夕飯の席で父が自分のコップにビールを注ぎ、脇で見ていたわたしが、その泡のモコモコに魅せられるまま生意気なことを言い、それにカチンと来た父がわたしのオデコをピシャリとはたいた。という出来事をきっかけに、一言も口を利くことができなくなってしまった。

本当に、ただの、一言も。
さすがに当方が三十路になっあたりからは、少しは話せるようになっていたが。それでも腹を割ったような話や、お互いを思いやるような話は、今もってなかなかできない。それでも「時々は電話をしてくれ」というのが、父の願いなので、これはしないわけにはいかない。
いかないのだが話すのが億劫で、つい、いつまでも電話しないままで。
そうこうしているうちに、父は死んでしまう、早く何とかしなくては、と焦るのだけど…

父としてのライダーは、おおむね可もなく不可もない、といったところだろうか。
もっと良い父であってくれと、妻なら、そして母なら願う、というかハッキリと要求するところで、実際ゾフィーはそうしているけれど、はかばかしい成果はない。ゾフィーはゾフィーで、脅迫じみたかと思うと巫女のように寛容になり、かと思うとまた…

そんなリズムの中だから、このラスト、コーヒーを持ったはいいが(この充たされない小説の中では、コーヒーとか出てくると、本当に美味しそうに感じる)、本当に飲めるのかどうか、はなはだしく不安になる。それでもようやく、コーヒーをたっぷりと注げた。そして、トレイにクロワッサンやフルーツやソーセージをたくさん載せられた。

それだけで、今、充たされたような気分だ……


わたしは、長い時間をかけてこの感想を書いた。
この感想を読むのは、もっとずっと少ない時間だろう。
やたらめったら分厚い本書、時間の歪みも特徴だ。
とても実験的な内容となっている。

◆2017/04/24ダラダラと読みにくかったので、もう少しシンプルに書き直しました

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