プラダを着た悪魔 / media:DVD (2017/01/21追記あり)

prada2-mini2.jpg綺麗なものを沢山見たくなって見た映画。綺麗はいいけど単にお洒落なだけの、ブランド品陳列型浅はか映画なのだろうと勝手に決め付けて見たら、そうではなくて、色々と考えさせられる映画だった。




ふと思い立って、今までどれくらメリル・ストリープの出ている映画を見たか調べた。
(ウェイキペディアより。★印が見たやつ)


★ * 『ジュリア』 Julia (1977)
★ * 『ディア・ハンター』 The Deer Hunter (1978)
  * 『或る上院議員の私生活』 The Seduction of Joe Tynan (1979)
★ * 『クレイマー、クレイマー』 Kramer vs. Kramer (1979)
★ * 『フランス軍中尉の女』 The French Lieutenants Woman (1981)
★ * 『ソフィーの選択』 Sophie's Choice (1982)
  * 『シルクウッド』 Silkwood (1983)
★ * 『恋におちて』 Falling In Love(1984)
  * 『愛と哀しみの果て』 Out of Africa (1985)
  * 『シー・デビル』 She-Devil (1989)
  * 『ハリウッドにくちづけ』 Postcards from the Edge (1990)
★ * 『永遠に美しく…』 Death Becomes Her(1992)
  * 『愛と精霊の家』 The House of Spirits (1993)
  * 『ザ・シンプソンズ』 The Simpsons (1994) -声の出演
  * 『激流 The River Wild』 (1994)
  * 『マディソン郡の橋』 The Bridges of Madison County(1995)
  * 『判決前夜/ビフォア・アンド・アフター』 Before and After (1995)
  * 『マイ・ルーム』 Marvin's Room (1996)
  * 『母の眠り』 One True Thing (1998)
  * 『キング・オブ・ザ・ヒル』 King of the Hill (1999) -声の出演
  * 『ミュージック・オブ・ハート』 Music of the Heart (1999)
  * 『アダプテーション』 Adaptation. (2002)
  * 『めぐりあう時間たち』 The Hours (2002)
  * 『ふたりにクギづけ』 Stuck On You (2003)
  * 『エンジェルス・イン・アメリカ』 Angels In America (2004)
  * 『クライシス・オブ・アメリカ』 The Manchurian Candidate (2004)
★ * 『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』 Lemony Snicket's A Series of Unfortunate Events(2004)
  * 『今宵、フィッツジェラルド劇場で』 A Prairie Home Companion (2006)
★ * 『プラダを着た悪魔』 The Devil Wears Prada (2006)
  * 『アント・ブリー』 The Ant Bully (2006)
  * 『大いなる陰謀』 Lions for Lambs (2007)
  * 『いつか眠りにつく前に』 Evening (2007)



かなり見ている気でいたら、中期というか、90年代のはあまり見ていないのにも気づいた。
リストを眺める限り、メリル・ストリープは『恋におちて』でロバート・デ・ニーロと演じたような、日々の暮らしの中でふいに恋におちてしまった家庭のある主婦、の役などより、気性が激しかったり、コミカルだったり、競争社会の中を戦って勝ち抜く猛女の役の方が、似合っている気がする。

今回の『プラダを着た悪魔』もしかり。いくら見ているこちらが女でも、たいがい視線は若くて美しい方に行くものであるが、すんばらしいファッションを取っ替え引っ換え身につけ、とんでもなくキュートな女の子アンディを演じたアン・ハサウェイに全然ひけをとらない視線の吸引力をもっていた。


prada3-mini.jpgメリル・ストリープの演技は、見ていて何となく面白い。サングラスをずり下げて上目遣いになる、老眼の人特有の仕草も、まさか『ロリータ』のパロディのつもり? と勘ぐらせるくらいに妙に心惹かれる。人を見下したり馬鹿にしたり命令する姿もかっこいい。今回は傲慢なんだけど喋る時は優しげに鼻から力を抜く、みたいな役作り。



ところで、馬鹿にしているのは主人公のアンディもそうで、ファッションを馬鹿にしていた。見かけばかりチャラチャラ着飾って頭からっぽという意味合いでだろう。なにせ、アンディは一流のジャーナリスト志望なのだから。そんな彼女、ファッション誌ランウェイの編集会議の現場を見て思わずブッと吹き出してしまう。どっちを選んでも大差ない二本の青いベルトを、どちらの青にしようかと喧喧諤諤の議論を戦わせていたからだ(というか、正確に言うと議論ではなくミランダの独断専制なのだけど=その時のメンバーが「無能」だったため)。吹き出した理由を「どっちでも同じじゃない」と言うアンディに、ミランダは鼻から力を抜きつつ言い放つ。

「あなたが今着ている青いセーターは、トップモードをもっとも大衆化した最下層向け大量生産品の一部だけれど、そのセルリアンブルー(空の色)は、○○年のパリコレクションを前にその一色を選び出すために、不眠不休となってまさにこの会議で、私たちが、選んだ色なのよ」(大意)

ここは、見ているこちらにとっても複雑な思いを誘うセリフで、うーーんそうだったのかぁ… 金持ちがいて貧乏人がいて、どちらも服は着るけれど、着る服の内実は随分違っていて、金持ち用の服がトップダウンで降りてきて、工場で大量生産され、その安物を着ているってわけね、こっちは。がーん。


なんといっても、自給自足で野菜や主食を作って生活している人は滅多にいないように、服を自分で縫って着ている人は滅多にいない。誰しも、衣服を作って売る産業構造の中で、どれか選んで買って着ているのだ。

アンディは、今まで好きで着ていると思っていた適当ファッションが、結局は鼻持ちならないこいつらの選んだものの末端だと気づいてからは、積極的にファッションに関わっていくようになる。むしろ積極的にもほどがあるってくらい、衣装をとっかえひっかえしていくので、ファッションショーのような楽しい展開になる。もっともわたしは、最後の方は服に飽きてしまって、もういいやって気分になってしまった。アン・ハサウェイは往年のオードリー・ヘップバーンに顔や雰囲気が似ているのだけど、時代が複雑になっているせいか、ヘップバーン的な清潔感やハツラツさだけだと、ダレてくる、という感じだ。


思うに題名は、『プラダを着た悪魔』よりも、原題の『The Devil Wears Prada』を直訳し『悪魔はプラダを着る』が、より正確に内容を表している。もしくは『悪魔、プラダ着たり』とか、『悪魔が来たりてプラダ着る』とか。意味は限りなく同じなんだけど、悪魔は着る服としてプラダを選ぶ、ということでつまり、「悪魔」はミランダという傲慢な上司をさすのではなく、「ファッション至上主義」「ブランド至上主義」「資本主義」「競争社会」「視覚至上主義」…。


さて、映画の結末は、すなわちアンディの下した決断である。
(結末の詳細は省く)
この決断を見て、ファッションと映画は案外と敵同士なのかもしれないと思ったりした。
小説ならば登場人物が着ている服のことなど描写せずにすむが、映画はそうはいかない。映画では、必ず何らかの服が選ばれ、それ自体が否が応でもひとつのメッセージとなる。そのメッセージを制御しそこなったときが悲惨だ。着ている服ばかりが主張してしまったり、ファッションのだささだけで嫌悪されたり。

今思い出すのは、『ティファニーで朝食を』というヘップバーン主演の映画で、素晴らしくフォトジェニックかつファッショナブルなものであったが、原作に比して、ただそれだけ!!の映画にされてしまっていた。(わたしの記憶違いでなければ)

本来、小説が描いたホリーはそういう女性ではなかった。文字をろくに読めない人間の取る行動のパターンを、一見自由奔放で魅力的なものとして描き、それが悲劇であるか、そうではないかは、必ずしも読者に提示しなかったから、どうでも読み様はあるとはいえ、ファッションもしくは恋物語一辺倒に落ちるような話ではなかったはず。それが、映画になると、ああなのだから、勘違い映像がいかに困った文化か、ということなのである。→→→追記と訂正 それだけってことはなかったよ!!2017/01/21


とはいえ、ヘップバーンの泣く子も黙る輝きの前では、文句のいいようもない。そしてヘップバーンが今もって再来不能の唯一無二の存在であることは認めつつも、現在では、美容整形技術等の進化やライフスタイルの変化により、ヘップバーン的なるものの水増しバージョンの生産は可能になった。


結末部分は割合賛否両論あるようだ。
わたしはあれで良かったと思う。
映画表現にとって、その結論以外にないかも、とも思う。


にしても、その最後の場面においてすら、メリル・ストリープは観るものの心と視線を惹き付けてやまないものをもつ。
わたしはああいう生き方は絶対したくないと思う。
それは否定の気持ちだ。
けれど、ミランダを否定する気になれない。
ミランダの生き方はしたくはないけど、憧れさせる。


まさかね?☆関連リンク:
エミリー・ブラント、不法移民を題材にした映画で主演か?
『プラダを着た悪魔』エミリー役。複雑な心理のエミリーをコミカルタッチに演じて大いに盛り上げた

アン・ハサウェイインタビュー
「わたしにとって彼氏は仕事より優先順位が高いの」
質問がとても的確。ナイス

パトリシア・フィールド
『プラダを着た悪魔』の衣裳担当。カリスマスタイリスト、衣裳デザイナーとして有名らしい。
その彼女が語る本作品。「そもそも、私は変身前のアンディを醜い田舎娘にはしたくなかったの(略)それでは業界人っぽい態度をとることになってしまうと感じたの。」とのこと。最後は「あなたにとってファッションとは?」と聞かれ
「クリエイティブになるということを経験できるひとつの方法ね」等々語っている。

☆オススメレビュー
「プラダを着た悪魔 セルリアンブルー」で検索のこと。


2017/01/21 ティファニーで朝食を(1961年)を、ちゃんと通しでみた

『ティファニーで朝食を』、実は冒頭しか見てなかったのですね~。冒頭で早くも本のタイトルを当たり前に読んでいる姿をみて、それ以上見なかったのだと思います。

この映画は、原作とはかなり違います。また、Yahoo知恵袋などですっかり娼婦ということになっていますが、どっちかというと、娼婦に値するのは男でして(ポール)、金で飼われています。そういったことも含め、金至上主義の世界を生きる人間模様が描かれているので、原作とは違ってても、非常に興味深いです。
猫が大きな役割を果たすのも、魅力です。
最後まで見るのが今の感覚だと、けっこうだるい面もありますが、最後まで見れば、ちゃんとした映画だと分かります。
金至上主義、資本主義社会の醜悪と問題に切り込み、考えさせるものがあります。主人公達は、そのなかを右往左往するわけで、途中はホリーの生き方にゲンナリしますが(人によっては当然にも見えるでしょう)、ほんとうに不安定な形ながら、かろうじて、ある場所に着地します。
けっしてファッショナブルな甘い映画ってことはなく、最後は、シビアな現実を想起させます。
が、見てよかったなと思えるので、オススメ。

なので、「それだけ」ってことはないですよー⤴⤴💔


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