Place > 靖国神社

カテゴリ「Place」、第二回は「靖国神社」です。

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先日の5月5日、同僚のK、Nとわたしの3人で、骨董市に出かけました。
一回り若いKがどうしても行きたいというので、わたしと同年代のNともども付き合ったのです。
行ってみると、骨董の他に古本も出ていて、わたしは昭和40年代発行の「別冊太陽」を二冊買いました。とても面白そうな特集で「近代恋愛物語」と「日本の笑いマンガ1000年史」というのです。わたしは一刻も早く家に帰って読みたい気持ちになりました。
ところがKが、食堂での食事が終わった後に、奇妙な事を言い出したのです。
「せっかくだから、靖国神社に行こう」と。

靖国神社は、そこから遠くないから、と言うのです。
なぜ奇妙と思ったかと言えば、まず第一に靖国神社に行こうと言い出す人に、今までの人生で初めて出会ったからです。他の人はどうか分かりませんが、わたしの周囲にそういう人は家族、親戚ふくめて一人もいませんでした。わたし自身も、靖国神社を参拝するしないで毎年もめる首相についてブログ内で言及したことはあっても、自分が行くなどは考えたこともなかったのです。
第二に、Kが沖縄県宮古島の出身だったこともあります。
沖縄は、日本軍にはひどい目にあったのではなかったでしょうか。
彼女が何を思って靖国…と言い出したのか、わたしにはまるで分かりませんでした。
また、ここでそれを根掘り葉掘り聞くほどには、Kとわたしは親しいわけでもないのです。
まあせいぜい、一緒に『ヘルタースケルター』を見に行く程度のものです。

それでも流れで、靖国に行くことになりました。
門前仲町から四個目の駅で降りました。駅から歩いてすぐに、大きな鳥居が見えました。≪1≫
あとで調べると、これは「大鳥居(第一鳥居)」と言うようです。
それを見上げながらKは、宮古島から東京に出てきて最初に来たのが靖国神社だったと話し、「最初に見たとき、あの鳥居が大きくてびっくりしたんだよねー」とやや興奮ぎみに言いました。「でも今見ると、それほどでもないね」とも。

しばらく歩くとまた鳥居があり≪2≫≪3≫、こちらは「第二鳥居」ということになるのですが、わたしは気が進まないせいもあって、早くもそこらへんで休み始めました。第一鳥居と第二鳥居の距離は200メートルほどあるでしょうか。観光バスがたくさん停まっていました。また、ここでも骨董市が開かれていました。そのあたりには「慰霊の泉」という、コンクリでしつらえた小さな川や滝がありました。4,5歳の女の子が、あちこちから石を集めてはこの泉に石を投げまくっていて、しばらくして父親に怒られていました。

とっくにKやNとはぐれていましたので、後を追うつもりで第二鳥居へ向かいました。見るとその向こうにも鳥居があるようです。さらに先に行くと、テレビで見た記憶のある、菊の紋が横に並んだデザインの垂れ幕がかかった拝殿に出ました。参拝のための列が中程度できていました。≪4≫≪5≫

そこを右へ折れると「遊就館」なるものがあります。そこでは「大東亜戦争七十年展」をやっている様子です。「遊就館」は地域の公民館くらいの規模の建物です。その一階には売店があり、日の丸の腕章や、自衛隊関係のもの、あるいは旧日本軍の空気が濃厚なグッズを売っていました。靖国神社というのはもっと中立的な(を装った程度でも)場所、たとえばNHKのような場所かと、ばくぜんとイメージしていましたが、相当に、というか、明確に右翼でした。

ただ、第二鳥居そばの売店にあったような「新しい晋ちゃんまんじゅう」≪6≫は売ってなく、もう少し真面目でしたが。
そこらへんを15分くらいはウロウロし、今来た道を引き返しました。
携帯で連絡を取って、はぐれていた二人とまた合流しました。
「どこ行ってたのー? 参拝してたの?」とわたしはふたりに聞きました。Nは参拝してないといい、Kも「してないよー」というではないですか。
それならKはなんで靖国に来たがったのか。

わたしも聞かれたので、なぜかハッキリと「してないよ」と答えていました。
参拝していないということが、亡くなった兵士の方をおとしめる気持ちだと思われては困ります。そんな気持ちは微塵もありません。兵士たちは「国のため」という事で死んで行きました。けれど、どれくらいの兵士が本当に国のためなら死んでもいいと受け入れた気持ちで死んで行ったのでしょうか。死んでもいいと思った人がどれくらいいるでしょうか? 実際は、死にたくない死にたくないと思いながら死んで行ったのではないでしょうか? それを思うと、いさましい右翼の装飾は表面を撫でているだけのフィクションとしか思えません。人には「奥」というものがあります。鳥居を何重にも重ね結界を作るように、心の奥に大事なものをしまって秘すのです。

それを踏みにじった国の力を感じました。
鳥居の一番奥を踏みにじる力を感じました。

参拝しないと決めていたわけではないのだけど、とても、そんな気になれませんでした。
そういえばここ数日、「女性手帳」なる制度を検討しているというニュースを小耳に挟みます。
女性に子どもを効率的に産ませて、国のために死にに行く兵士を確保するつもりなんでしょうか。

 

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