X X X

X X Xと書いてキスキスキス。メールや手紙の末尾に使う愛情表現。わたしも生涯で何回か使った記憶がある。これからの人生にもそんな時が訪れればいいけれど保証はない。

そんなX X Xをタイトルに冠した本曲、どんなのかなー? と期待に胸をふくらませ「初公開」の日にYoutubeでPVを視聴したのは、かなり以前の9月あたり。PVでは華やかな女性たちがみんなで踊ったり絡み合ったりしていた。金のリンゴや蛇がモチーフになっていて「アダムとイヴ」チックだった。がその解釈は兎も角、曲の全体や声の印象から一皮ムケた感が漂っていてとても頼もしく感じた。初の女言葉を使用(つまり女性の立場)という話しだったけれど、言われてみれば多少はそうだった。登場する女性は「セレブ」「中・上流階級の令嬢」「高学歴の才媛」というイメージではなく、もっと違ったニュアンスの女性達だ。可愛くてオープンで無邪気でセクシーで。言うなればそれは娼婦のイメージだ。娼婦は体は売っても唇にキスをさせないというが本当だろうか? わたしは本当だと思う。売るものと売らないものがあるのだ。何を売って、何を売らないのか? 華やかなで絢爛たる曲世界で、最大限売れるものは売り、売れないものだけがこの切なさと愛しさを生む。世界中の娼婦が今宵誰かの唇に降らすかもしれないkiss・kiss・kiss…… それがこれからも絶えることなく降り続きますように。X X Xはそんなkissを祈りつつ煽りつつ自分でもやっちゃったー的な…?

2曲目
『QUADRINITY』で自選した1996年の作を歌い直したセルフカバー。
1996年とほとんど同じ歌詞なのに、歌い方を変えるとこんなに意味って変わるのだなと感心する。それでも数行書き換えられていて、2011年に新しく登場したのが神様だったりする。神様は運命であり時間であり生と死のめたふぁあ。神のいる歌空間の中で「変わる」ことについて言われると意味深だから色々と考えてしまう。それだけではないけど、賛否両論よぶもんだい作だ。でもこの感じ痛いほど分かる気がするなぁ…

3曲目
1曲目のボーカルレスバージョン。
ホントっに上る曲だわ。思わず手をふり足を踏み踏みマッハふみふみ。管楽器の派手さプラス、1曲目ではボーカルに隠れぎみだったスペインのギターみたいな哀切な旋律がなんとも中毒に。余談ながらわたしの母親、フラメンコが好きでレコード持っていたからわたしも子どものころ熱心なリスナーだったのだけど、あっちのは情熱がすごい。歌詞なんかかなりヤバイ。「お前よ、私の息子に何をした、その魅惑的な声で瞳で」みたいな複雑な三角関係あたりまえ。何がどうなっているのか子ども心に頭を悩ましたものだ。ちなみに他ブログのレポによるとライブにおけるX X Xはかなり良いそうだ。本能的な元気が湧いてくる迷いなきゴージャス曲☆

4曲目
2曲目のボーカルレスバージョン。
最初から最後まで電子ピアノの音が優しい。ボーカルがなくなったため安心してほんわか聴いていられて、いつの間にか終わっている曲。

ジャケット
ジャケットは折りたたみ式になっていて、開くとなんと9倍になり、結成以来の最接近という卍状に絡み合った彼らのまわりに、まだ大勢女の子が出てきてびっくりした。しかもkenさんの股間にはなぜかトランペットが不自然に☆何をやっておるのだこの人はーー??と吹いた。それより何より思ったのは「kenさんよかったね、だーーい好きなハイタンのお腹に乗っかれて☆#^0^#きゃー」というもので、k氏はそれはそれはバブバブーって満たされたオネム顔になっているのだった。

(けっして女風呂につかっているみたいな状況のせいではない!!と思う。)

うんと求めれば、幸せってどこかにはあるのデスね………X X X to Everybody !!



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