僕の妹は漢字が読める / かじいたかし

妙齢のご婦人と言っていい当方、当然のことながら「萌え」とは縁もゆかりもなく。けど、後学のために読んでみた。

したらこれはねえ

マジ受けた

かなり笑った。

だいたいが、表紙からしてびっくりする。

本来の表紙
bokuno2.jpg

↑これはまあ、よいとしても

買った時の帯付きの表紙

bokuno3.jpg

↑ち・ちょっと「おにいちゃんのあかちゃんうみたい」ってなんですかっ!


と、頭をfurifuri、ロウバイしつつ読みだした。
すると、この本は23世紀を舞台にしたSF小説なのだとわかってきた。
なにせ、23世紀には漢字が存在しなくなっているのだ。
ある時期に起きた萌え革命によって、漢字が駆逐されたためだ。

萌え革命が起きた時期こそが、文明の分岐点となった地点。

分岐が何かというと、『おにいちゃんのあかちゃんうみたい』通称「おにあか」という小説の大ブレイクだった、というわけ。

その時、文化は、大転換した。
NHK風にいうと、その時歴史が動いた。

そんなであるから、登場人物の誰かが「おにいちゃんのあかちゃんうみたい」と言い出す場面はないので、いわばこの帯は「釣り」だ。これに騙されて期待(?)しちゃうとかなり違ってくる。

もしくは、これでどん引きしちゃうとちょっともったいない。

こちらとしては「なんだそういう事か」とホッとしたというか、なかなか巧いこと言うなあと、みょうに感心しだしたくらいだ。


ということで話は戻る。

そんなで、「おにあか」以降、漢字はなくなるわ、首相は二次元美少女になるわ、正統派文学は萌え☆萌え☆になるわ。で、23世紀の今、文学界を代表する大作家はオオダイラ・ダイ先生だったりするのだった☆

未来の正統派文学について説明すると、まず「脱衣」と「パンチラ」が必須だったりする。

そんなオオダイラ文学の神髄をちょこっとだけ紹介すると

わわわ でんぐりがえって おぱんちゅ きらり☆
きらっ きらっ
きらり☆
おぱんちゅ→おそらいろ

というもので、「おぱんちゅ」という単語がその後当方の頭から離れなくなったのであるが、それはともかくこれを古文(というか21世紀の現代語)に翻訳すると
倒れたはずみで少女のパンツが見えた。
空色だった。

というもので、意外と詩情にあふれたパンチラシーンとなっている。
言うなれば、詩とエロと萌えと文学と通俗がフラットになった世界なのだ。

と、なかなかに難しい世界観を見せてくれて、これはホントにSFといえる。

オオダイラ・ダイ先生の場合、作品だけでなく普段の奇行もすごいから、本当に笑い転げてしまった。

あと、主人公イモセ・ギンと義妹クロハのかけあいがまた読みどころ。

クロハのツンデレぶりが冴えていのだ。

というか、どっちかというとツンの割合がかなり多くて、非常にその分ピュアな女性像(といったら大げさかな)になっていて、それはそれで好感がもてる。

のだけど、ちょっと苦言を呈するならば、

「おにいちゃん… 好き」

というのが、どこかで来ないといけない。
無論、必ずしも言葉で表すとは限らないし、方法は色々あるだろうから上記のような台詞ではなくてもいいが、意地っ張りなクロハの防波堤が決壊する瞬間が、終盤に来てほしいのである。
そうだな、ページにして2,3ページくらい費やしてほしい。

わたしは作家じゃないから具体的には思いつかないけど、うまくやってほしい。

こっちは、それがいつ来るかいつ来るかと待ちわびつつ読んでいるのだから。


他の苦言としては、オオダイラ先生が美少女になった理由がイマイチよくわかんないこと。そりゃムサイおっさんは見たくないけど、年配の偉そうなおじ様があんなだから面白いのだと思うけど…。

オオダイラ先生の変態ぶりがもっと見たかった。あとオオダイラ文学も。


当小説はタイムトラベルSFなので、今ある時代ではないもうひとつの時代という仮説が展開する。
『おにあか』ではなく『星辰』をグラが書いていたら…
というのがそれで、マシュマロくって謎の作家が歴史を書き換えてしまうのだけど、この作家の文章も好きだなーー いや、オオダイラ先生も好きだけど、こっちの作家の気どったやつも好み。ついでに、森鴎外の『舞姫』を「朗読執事」(iPhoneアプリ)でダウンロードしようとしたけど、なくて残念!!だった☆


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