2011年のジャーナリズムを後世に伝えるために。その3か4

2011年のジャーナリズムを後世に伝えるために。その3か4

フリージャーナリストの上杉隆がとうとう、矢折れ刃尽き前のめりにどぶ川に倒れたようだ。記者クラブのゲロと脱糞まみれのさぞや臭いどぶ川だろうと、気の毒でならない。
氏のオフィシャルページには、今年いっぱいをもって無期限休止を決意するにいたった経緯が綴られている。
わたしもせめて一言礼を述べようと、氏のコメント欄を見た。
そこでは多くの人が無期限休止に泣いていたし、途方に暮れていた。

思えば11日の震災の、被害を受けた地域の大きさ、亡くなった人々の多さ、生き残った人々の喪失感と悲嘆の大きさ。その衝撃が大きすぎたところへ、追い打ちをかけた原発事故。単なる事故ではなく、政府の言動からはワレワレを助けようという意志がまったく感じられなかった。詳細に記者会見を見ていたわけではないから全部の発言や行動を知っているわけではないが、「見殺し」という言葉が浮かんだ。見殺しは見殺しでもジワジワした見殺しだ。ある学問系筋は、放射線の影響で癌になるとしても、もともと日本人の50%は癌になるからそれが51%になるだけと、慰めているつもりなのか恐ろしいことを平気で発信していた。50%というのは100歳まで生きての50%なのか? もともと自分の体のことだけならさしてジタバタする気もない。年若い自分の家族が30年後に癌だったらその時まだ40代じゃないか。もっと若い子ならもっと早くだ。どうしてくれるんだよ。そのときは癌治療が発達しているからいいとかそういう理屈なのか。

見殺しにされても何も出来ない、どう行動していいのか分らない、誰の言っていることが正しいのか分らない、という暗闇の中で、フリージャーナリストの人たちの行動と発信が光りだった。政府(枝野さん)が会見で言うことなど、信じている人は少なくともわたしの周りにひとりもいなかった。「ああは言ってるけど本当は違うんじゃない?」と思っていた。口で言う事と内心で思う事が違うなど、誰にでもあることだ。いろいろな理由があってそうなるのだ。そこを追求する人がいないのだから、「これが記者クラブの弊害か」などと感心している余裕もこっちにはなかった。本当につらい、つらい日々だったが、紛れもなく光りがあったことを、ここに証言する。

(つらい日々、まだ終わったわけではないとはいえ)

そんなで、氏のコメント欄には自分の気持ちを書かせて頂いたので、もう気はおさまった。
そんでもちょっと腹立たしいのは、ダブルショックのトリプルショックとかさなっている時に、そういう事言わなくていいじゃないかという事だ。
人を泣かせるくらいなら、最初から頑張らなきゃいいんだよと思う。

がそうは言っても、氏のメールマガジンで知ったのは、上杉さんと葉さんと「朝日ニュースター」報道制作局長には大変な圧力が東電からかかっているそうだ。
有料メルマガ内の記述なので引用は控えるが、広瀬隆氏と広河隆一氏にいたっては地上波への出演そのものが許されていないという。

わたしはまだ原発に100%反対と決めているわけではないが、そういう圧力は許せない。

許せないからと言って、何ができるわけではないが、ともかく許せない。

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以上、「2011年のジャーナリズムを伝える」にはソースとデータが不足しているので、東北関東地震や原発事故にまつわるジャーナリズムについて、いつの日か時系列で振り返れる時がくるといいと思う。

無期限休止といえば、警察ジャーナリストの黒木昭雄さんという方が、命をはって警察の不正を訴えるということがあった。氏の場合は、ご自身が警察官出身でご家族も、ということがあり、深い思い入れゆえになさった行動。

なので、今回とはまるで無縁ですが、ちょうど、情報を黒木氏の息子さんがupしていました。


■■黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」 『ザ・スクープ』 第34弾 2011年4月3日(日) 14:00-15:25

 テレビ朝日『サ・スクープ』にて4月3日(日)に、黒木昭雄と岩手事件にかんする番組が放送されます。ご覧いただけたら幸いです。


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