2011年02月13日

冷たい熱帯魚

この映画はついハズミで観てしまったけど、人には奨めない。


冷たい熱帯魚

この映画を最後まで観れた人なら、もはやどんなホラー映画もサスペンス映画も戦争映画も恐怖感を与えることはないくらいに、映画の見せる地獄に耐性ができてしまったといっても過言ではない。
しかしながら映画を観る行為をひとつの体験としてとらえるなら、この体験にはいくつかの有意義な発見があった。
ひとつは、人がいかに何事にも慣れていくかという発見だ。
最初の解体作業では目を開けていることもできなかったのに、二度目、三度目になるにつれ、だんだんと自然に受け止めてしまい、登場人物たちがそうとらえていたように「大変な仕事」という感覚に近く観ていた。「死体って運ぶのも重いし細かくするのも大変だなぁ。こりゃコーヒーの二三杯も飲みたくなるよ」と当たり前に考え出した自分に少々びっくりした。
もう一つの発見は、このおじさん(でんでんが演じる「村田」)みたいな、調子がよくて親父ギャグを連発する声のデカイおっさん不愉快でゲンナリしながら観ていたところ、殺しが終って順調に解体しだしたあたりで好ましい人格になり、観ていてほっとした。同様に、村田の奥さん愛子のわざとらしさにもムカムカしていたのが、解体を手伝って無心になりだすと夫とも仲睦まじく自然になって、こちらもほっとさせられた。映画中、ずっとけたたましくドヤシツケタリ脅しつけたりが多かったので、殺しでも解体でもいいから穏やかになっててくれると安堵した。
それではまるで、行為の善し悪しよりも、態度が与える好感度の方が重要みたいではないか? とちょっとぎょっとしたのだ。

一方、主人公格の社本信行の解体現場での口に手をあて嘔吐をこらえる様は、正気がまだこの映画の中にあると感じさせたのでほっとしたのも束の間、あまりに情けない男で、情けなくて情けなくてどうしようもない。ただし、自分はあんな腰抜けではない!!と思わせる一方、自分もいつあんな風にはめられても不思議じゃないとも思え、微妙な不安感をそそる人物。最後の方で色々あったあげくにようやく腰抜けではなくなったのかと思わせ、このままヒーローっぽくなるのかと期待した(具体的にはもっとマシな父親になるのかと思わせた)のだけども、ぜんぜんそうではなく、単なる暴力親父パターンに堕したため、こりゃ違うなと思いはじめ、そうこうするうちにこれはいわゆる気が狂ったのか? と思わせてやっぱそれとも違う何者かになったような方向で…

とにかくザンコクな場面が多いため、画面全部が血みどろで、血みどろすぎて最後の方はヌルヌルヌメヌメとスッテンコロリンしていたのは確かに笑えた。それにさりげに不気味だったのは血みどろとは対照的なマリア像の純白で、映像にしなかった部分の不気味さ怖さというのを想像させる仕掛けになっている。ただ、そこらへんはやりすぎると悲しい男の物語りというあたりでオチが着いてしまうので、そういうオチにはアンチだ。

メインの女優はふたりであるも、それ以外にも女性が大勢出てきて全員が美しい。が、やはりメインは愛子と妙子だろう。色々あって(ネタバレにつき伏す)愛子が信行に従順になるシーンはツンデレの極みで、こんな風に可愛いらしく「うん」と頷ける相手を探し求めているのが女というものではなかろうか。それをまた、本当に上手に愛らしく演じていたので、もっと長く眺めていたかったのにあっという間に格闘シーンになり、それもセックスと暴力どっちに転ぶのかとハラハラしながら眺めていたら、後者へ転んでしまった。そのときのわたしの心情としては、セックス方面にいってほしいという期待もありつつ、しかしそれだとフランス映画あたりであったような気もしたのでそれも白けるかもなーーというもので、そうしたら案の定後者だった。その後信行とやれないことになった愛子は「あんた−」なんて、夫の上半身(しかないのだが)にすがりつきに行ったあたりはちょっと可愛かったけど、さっき信行に「愛している」と言ったばかりだろう!!とも思ったがそれはそれって事だろう。

妙子のHシーンも愛子に負けずにスゴイのは同様である。妙子の場合は性的なシーンよりもふて腐れていたり、ぼんやりと他人事のような顔をしている時の顔が、「わかるわかるその気持ち」と思わせた。色々な事がゴチャゴチャ起きて関わらざる得ないけれど、顔だけ神妙にしてあとは遠い気持ちでいるあたり。暴力に組み伏せられる事の多い妙子だけれど、妙子の料理は料理でそれもひどい暴力なのだ(でもきっとありふれた暴力)。誰もかれもが「いけない」と言われる暴力をふるう。村田にいたっては、ボカスカ信行を殴りながらまことしやかな「教育」をしてしまう。それがまた間違っていない正論に聞こえるから文句も言えない。人を殺して解体して、その後の教育なのだからブラックジョークもはなはだしいのだ。

そんなで、暴力だらけの映画だ。
そして、その中から何がしかの考え(たとえば必要ならば暴力による教育も辞すべきではない、など)を引き出させるのか? と思わせたが別にそうではない。しかし暴力と人間、暴力とセックスについて考えさせる映画には(こうしてわたしも考えてしまっている以上)なっているのかもしれないが、しかしそんな期待はせずに、無心で観て無心にうちのめされるのが一番心正しい見方だと思われる。(でも相当お人好しな見方)

posted by sukima at 03:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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