沈まぬ太陽

沈まぬ太陽レディースデイに鑑賞。平日の昼間なのに館内はけっこう人が入っていた。
上映時間は、前半1時間37分、休憩10分、後半1時間33分
と長かったけれど、全然長いとは思わなかった。
どっちかというと未消化な感じが残り、これで終わり?と不満だった。
なにせ、内容が盛りだくさんで、

1:国民航空123便の御巣鷹山墜落事故
2:その遺族の苦しみ
3:国民航空で起きた労使闘争と、その成り行き
4:その最初の労働組合の委員長である恩地が左遷される先の、カラチ、テヘラン、ナイロビの様子と恩地の心理
5:左遷人事により傷付き、苦しむ恩地の家族
6:ナショナル・フラッグ・キャリア、なるもの
7:ナショナル・フラッグ・キャリアである国民航空幹部らの権力抗争、腐敗、もしくは彼らの心理

と、ざっと挙げても10個近くある。それに加えて、三浦友和演じる複雑な悪党、恩地とともに組合活動に燃えたはいいがその後懲罰人事をくらい続け自死にいたる香川照之の心理等々をはじめ、総理大臣、運輸大臣、などの政府関係者。さらには、太平洋戦争の生き残りでシベリアに11年抑留されていたという謎の怪人、その仲介で新社長になる石坂浩二の仕事と胸のうちと、多いのなんの。

今、気になってその謎の怪人の正体を調べたら「瀬島龍三」というれっきとした実在の人物で、陸軍の作戦を作り指揮していた大本営の人間だったのだ。(参照

「瀬島龍三」だけでも奥が深いのだから、どんだけ時間があっても足らない映画なのだ。
また「瀬島龍三」を演じた品川徹の演技が重々しくも渋くて、もっと登場してーと思ったけど、あくまで脇役であったため、ちょっとしか出なくて残念だった。


それはともかく、以上のことからも伺える通り、国民航空は、あるいは『沈まぬ太陽』という作品は、太平洋戦争を引きずっているのである。

映画作品中描かれる時代はだいたい、以下の通り。


■1962年=国民航空の最初の労働組合が、スト権を武器に会社に勝利する。恩地(渡辺謙)は組合の委員長

■?=恩地、懲罰人事でパキスタンのカラチへ。その後、テヘラン(イラン)→ナイロビ(ケニア)と、懲罰人事はしつこく続き、その間約10年

■1985年8月=航空機墜落事故(死者数520名)。恩地(54歳)は遺族係りへ

■1985年12月から=政府(特に総理大臣)が任命した新社長国見(石坂)。そのもとで働く恩地。その間、国民航空の腐敗体質の温床となった存在などが描かれる

■1987年?の5月=またまたアフリカに左遷される恩地

(?マークは、わたしが失念しているもの。調べても出てこないので?にした)

と、時間は25年以上を描いてるため、なかなかに役者の若作りも大変そうだったのであるが、皆上手にやっていた。若作りもそうだが、1960年代の若者らしさが上手だったので感心した。

しかし、時間軸に沿って描かれているのではなく、冒頭部で早くも御巣鷹山事故が出てきてしまい、それが非常に重かった。そのため、その後に起こる出来事(左遷など)が、実に取るに足らない出来事に見えてしまい、どうも鑑賞の波にのれなかった。
もともと、恩地らが組合で労働条件改善を勝ち取った戦いの論拠は、「労働条件の改善が空の安全につながる」ということだった。けれど、事故は起きてしまった。起きてしまったことと原因の関係は作中では特定されていない。これが、会社が労働組合を骨抜きにしていくつもの御用組合を作ったせいだ、とか、安全管理ができなくて、とか、ずるく儲けるような腐った経営体質だったため、など原因を特定する展開ならばもう少しスッキリした映画なのだろうが、そうではない。漠然と、「全体的にそういう体質の会社だったから」というあたりが原因と、受け止めるしかない。

ほかに作中不満だったのは、国民航空と政府のつながりが分かりやすく描かれていなかった点だ。こっちの知識不足というのもあるんだろうけれど、会社がナショナル・フラッグ・キャリア(という言葉が頻出する)であるということの意味が、作品からはあまり伝わってこない。

しかし、実際はナショナル・フラッグ・キャリアである、ということの意味はものすごく大きい…か大きかったはずだ。だからこそ、恩地がカラチへ、テヘランへ、ナイロビへと流刑されることは、単なる左遷や単なる単身赴任なのではなくて、国家反逆罪的な意味合いがあったと思われる。いってみれば、大本営に逆らい自分の信念を貫いた『硫黄島からの手紙』の栗林忠道中将みたいなもので、イーストウッドの映画で栗林を演じた渡辺謙が抜擢されているのも偶然ではないはずだ。

そのように考えれば、家族の苦しみも、「単身赴任ってよくあることだよ」とすませられるタイプのものではないと分かる。それに、恩地がアフリカで象などの野生動物を撃ちまくっているのも、その反動による人間心理の暗部が噴出したもの、と考えた方がすんなりいくのである。渡辺謙はそこらへんは「狂気」として部分的には演じているけれど、もっと残酷な面も見せた方がよかった気はする。恩地という人が個人的に性格の良い人、として終わってしまうともったいないと思う。それに、貫いた信念の本質も、もっと見えてきてほしかった。あれだと、かなりあいまいだ。

わたしとして一番残念に思ったのは、飛行機という乗り物の魅力が、あんまり伝わってこない点だ。ここが伝わることは、恩地という人間を理解するポイントなのではないだろうか。恩地は、どんだけヒドイ目にあっても、会社を辞めようとはせず、その理由を矜持、としているのであるけれど、矜持の一言ではとても納得できない。
あれこれ考えて最初、ナショナル・フラッグ・キャリアである国民航空の社員である誇りがあるからかなと思ったけれど、それだけなら公務員にでもなればよかったはずだ。また、労働組合時代の仲間がいるからか、とも思ったけれど、まあそれも大きい。責任もある。しかし、飛行機と働きたいという理由がひとつあってほしいと思った。飛行機は世界の点と点を結ぶ。そこがすごい。わたしは飛行機に乗ったことないので早く乗ってどこか遠くへ行ってみたい。

飛行機の魅力、そこから広がる世界の魅力、というものがもっと出ていればよかった。
文字通りの世界観が聴きたかった。
とはいえ、結果的にはアフリカの自然やテヘランのおいしそうなレストランやバザール、カラチの喧騒と、映像が出してくれている。もとより貧しく不潔な第三世界へ送られたからこそ「流刑」なのだけれど、それらの階層の意味は2009年の今はもはやかなり失われている。流刑地だったアフリカが、今(作中のラストの今=1987年ころ)となっては救済の場となる、という逆転が起きた。逆転は作品としての醍醐味だ。なので、ここはひとつ素直に感動的なラストであると、思う。

しかし、なんだかんだとあったけれど、見終わって一番強く思ったのは、飛行機事故にだけは、自分も、自分の家族も絶対にあってほしくない、という、強い強い願いだ。
ナショナル・フラッグ・キャリアの不正とか腐敗とかは、ほとんど頭から消えていた。


追記
この前DVDで観た『クライマーズ・ハイ』が新聞記者の立場から御巣鷹山事故を描いていた。
今回は、日航機の社員だ。
あとは描かれていないのは、自衛隊?
遺体の損壊が激しかったため、全身そろわない遺体もたくさんあったそうで、『沈まぬ太陽』で批判されていた。
ウィキペヂアでは警告文も出ている(わたしも想像してしまってとても読めない…)。
また、『クライマーズ・ハイ』で狂気の果てに死んでしまう新聞記者が狂っていく直接の要因は、「本当の現場」に駆けつけ記事を書いたにも関わらず没にされたことだった。誰も本当の現場を見ていないのに記事にしている、と。
飛行機事故が他の事故よりも悲惨なのは、肉体の損壊の激しさにある。
(それでも遺族は確認作業をしなくてはならない)
その現場に多く関わったのは自衛隊の人だから描かれてもよさそうなものであるが、見たところそういう作品はないようだ。
まだまだ描かれるべき作品はあると思った。

参照
日本航空123便墜落事故(wikipedia)
日航機墜落事故 東京-大阪123便 新聞見出しに見る20年間の記録


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