マイケル・ジャクソン THIS IS IT

マイケル・ジャクソン THIS IS ITのポスター前回【映画館でみた映画】は『しんぼる』で、あの時はレディースデイの1000円だから面白かったけど、1800円取られたらキツイ、などと失礼千万なことを書いてしまった。けど今回は、1800円でも高くない、とゆうかあと400円くらい高くてもいい。ただもう一回見たいので、その時は1000円でいいかな…なんてしょうもない計算をする。

何がそんなにも再び見たくさせるのか、それはマイケルの動き。マイケルの冴え渡る、内面から沸き起こる、感情のひとつひとつが筋肉と関節に乗り移ったような、キビキビしてすばらしく優雅なダンス!! 世界中から夢をかなえるため若者が集まり、マイケルのバックダンサーを誇りをもって務める映像も見所のひとつで、だからマイケルのみが主役ではないのだけど、筋肉ムキムキの運動神経のかたまりのような若いダンサーたちと比べても、マイケルの動きの方がぜんぜんかっこいいのだから、爽快としか言いようがない。それにだから、バックダンサーたちが狂信的なくらいMJを信奉しまくるのも無理はないのだ。
すごいのはダンスばかりではない。ベースの音が物足らないと、こんな風にやってと、口でスキャットのように真似してみせる、そのスキャットがすごいのなんのって。リハーサル中の、それ自体はパフォーマンスではないひとつひとつの言葉や動きにマイケルの才能が光りまくっているから、目も耳もくらむこと請け合い。


そんな本作のほんの一端が、Sony Picturesのオフィシャルの動画で見れる。
ここには作品の魅力が凝縮されている。

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いるんだけど、もっとも肝心なことは伏せられている。

動画はMJのカリスマ性と強い求心力を示しつつ、

「彼の音楽は世界中に響いた」
「彼の夢は世界中を魅了した」
「そして、彼は願った」

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と来て、次に
「みんなとひとつになることを」

と来る。(英語バージョンもまったく同じ)

本編を見れば分かるが、「そして、彼は願った」の後に来るのは、「みんなとひとつになることを」でもあるだろうけど、そういう漠然としたのではなくちゃんと言うと、「地球を守ることを」となる。
ロンドン公演の舞台演出に忠実に言うなら、「アマゾンの森林をこれ以上伐採しないことを」だ。

ところが、宣伝動画では、この部分に匹敵する画像は0:44から0:45の1秒弱の短い映像だけ!!

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↑みつけるのに苦労した1秒もない瞬時の映像。舞台上にあらわれたアマゾンの森林。このあと、ブルドーザーがマイケルに襲い掛かる…!?


そしてすぐまた

mj6-mini.jpgニューヨーク?

電気を使いまくる都市の摩天楼の世界に移ってしまうのだから、エンターテイメントの世界とはよくよく因果な世界だ。

かくいうわたしも、アマゾンの森林が毎日フットボールの試合場一個分づつ消失している、というマイケルのナレーションと映像の部分ばかりは、まったく楽しくなかった。こんな場面なければいいのにと思った。
しかしマイケルがもっとも強くメッセージしようとしたのは、そのことだ。
ところが、それはエンターテイメントではないことは、歴然としていた。

アマゾンにおける乱開発のはじまり
アマゾンを破壊し、貧困を助長するブラジル輸出拡大戦略

を見ての急ごしらえの知識ではずかしいが、アマゾンの森林が伐採され続ける理由は、狂牛病の危険のない安全な牛肉確保のための、牧場造成のため。さらに、鉄、マンガン、金、ボーキサイト、アルミ等を採取するための、大規模な融資と開発(アルミはアルミ缶などへ)。あるいは、ファミリーレストランなどの外食産業、加工食品に使われる鶏肉、エコ燃料としても世間をにぎわしている「エタノール」の原料である大豆のための乱開発と、何から何まで自分に帰ってきそうな、耳の痛い話ばかりだ。

まったく、楽しくない。
楽しくないったら楽しくない。

ところがマイケルは、どこまでエンターテイメントの人だ。なぜそう感じさせるのかと言うと、さっきも書いたとおり、若いダンサーとまるで違うその動き。マイケルの頭の中には、エンターテイメントのイメージがくっきりとある。自分の息づかいひとつで、観客は落胆したり、熱狂したりする。だから、本編の最初に舞台演出監督にマイケルが言うのは、「観客の喜ぶもの、観客の求めるものを」すべて出す、との宣言。

観客の求めるもの、その機微、その心の動き、熱、狂気を、全身で受け止め知りぬいているからこそ、ロンドン公演はとてつもない冒険に、なるはずだった。

mj3-mini.jpg冒険

なぜって、どれほどMJがすごいエンターテイナーだとしても、この無残な話は楽しくなりはしないし、いやがおうでも自分の暮らし、自分の欲望を痛く突いてくるから。

そしてまた見ていてどうしても浮かんでしまったのが、エンターテイメントを熟知するあまり、マイケルは死のタイミングを今だと考えたのではないか? ということで。

人のレビュウを見ていても、故人になってしまったからこそ、ここまでみんなが関心をもち、この映画も観られていることを指摘している人は多い。マイケルは、エンターテイメントに殉死すると同時に、通常のエンターテイメントでは伝えることの困難なメッセージも大きく発信した。

自然保護なんて誰でも言える、と言えそうだけど、たとえば宣伝動画の冒頭で、太った白人の男が熱狂しているのを見ると、マイケルマイケル熱狂する前にハンバーガーの食いすぎやめろ、ってなもんである。マイケルはそんなことをファンに言えなかったろうけど。マイケル自身はやたらと痩せていて、余分な筋肉がムキムキ付いていないせいか、瞬時の動きがものすごく早い。目にも留まらないスピード。

エンターテイメント産業の頂点に立った人物が、同じく産業のため森林伐採していく世界に胸をいため、それを止め地球を守ろうとメッセージする。

地球を守るというと、どこかキレイ事に聞こえるはずがそう思わないのは、MJが観客の喜びと身勝手なエゴを、みずからの全身で批判なく(L-O-V-Eをもって)受け止め吸収してきた証としての、とてつもなく魅惑的な歌とダンスを披露するから。その手ごたえがあるからこそ、彼のメッセージは空疎には聞こえない。



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