2008年08月01日

ハケンについて、ナカマについて☆part2

わたしはほぼ毎日買い物をするから、前回のをupしてから数回スーパーに行っていて、そのたび目に止まるのが「お中元」の山積みで、横を通るたび「贈答文化批判なんていう無益でムダなことを考えたものだ」と思い、「ええええあたしが一人勝手に変わりモンってことでいいですよっ」という心情になり、世捨て人気分になっていった。

実のところわたしんちなどは会社員ではないから、もとから中元歳暮とは無縁なので別にいいのであるが、例えば、細木数子がテレビ番組で「ご近所づきあいが大事」と言うと速攻翌日に、一面識も無い隣の隣の隣の住人がスイカを持って来たりする。そういうのは違うのではないか、という話で、やりたい人たちの中元のやり取りにまで文句を言う気は無い。それにこういうのは地方によっても違うだろうから一概に言えない。

なんにしろ、「自分で選んだ道なのだから文句はいえない。悪いのは自分」といわゆる自己責任と捉えてしまうことが、派遣の問題が解決しない要因となっているらしい(あくまで一要因)。といっても、どんな状況下でも自分を保とうとするのは当然なので、それはごく自然な心理だろうと思うのである。しかしもし、自分次元を離れより広い視野から解決を図るなら、やはりそれなりに仲間というか、つながりが必要なのではないだろうか。その時に、仲間向けに別の自分を作らなくてはならないならそんなものは仲間ではないので、コミュニティが億劫になる要因は排されていてほしいと、素朴に思ったわけなのである。


しかし、暑苦しい中あえて言及する気力も沸かないが、この文藝春秋8月号の特集「批判の嵐にさらされる東宮一家。孤立無援の両殿下は今、何をなすべきか――皇太子、雅子妃 両殿下への手紙」を読むと、もう日本は完璧終っている。いや、少なくとも日本の一部は終っているとしか思えない。

■友納尚子
この方は、皇太子、雅子妃 両殿下がここまでどういう経緯をたどったか、ああなってそうなってこうなったと、女性週刊誌を読み損ねた人向けマメ知識伝授。

■猪瀬直樹
やたらと物知りだけど、焦点が四次元。

■斎藤 環(セイシン科医)「医師の病状説明が雅子妃を守る」
一番実際的で意味のあることを書いているのは、この人じゃん? p.115
しかし、座談会でも指摘があったが、高松宮ですら成人して宮中祭祀に接したとき、唯物論的な教育を受けてきた者として違和感を感じたと書き残している。まして戦後の近代人である雅子妃には、祭祀の実態の不条理さに、言い知れぬ違和感があったのでは、と私は思う。実際、高等教育を受けた女性には、夫の先祖供養を強要されてトラウマになるケースがある。
 (中略)ならば皇位継承が男子に限られている以上、祭祀も男子の務めとして、妃は免除しても本質的に差し障りないのではないか。そもそも、祭祀の深奥をよく知る日本人などほとんどいないにもかかわらず、昨今の、出席ばかりを居丈高に強要する風潮は疑問である。

深奥どころか、表面的なことすらまったく知らないわけで、そこを教えてよ言いたけど、誰も教えてくれない。
もしもその儀式が、(『古事記』『日本書紀』にもとづいて天皇は稲作の神とされているから)、米の豊作を祈る内容なのだとしたら、そんな儀式と、米の収穫量に相関関係はないのだから、そういう儀式が受け継がれてきましたよ、ということを伝える役回りだけにして、祭祀として行うような非科学的なことはやめていいのではないだろうか。それだと、農業従事者の人が怒るのだろうか??

あと、祭祀の内容が、もしも日本の安全ということで、たとえば地震が起きませんように、みたいな祈願をするのだとしたら(あてずっぽう)、地震の発生と祈願は関係ないし、事実あちこちで起きているのだし、ことに皇居のある首都東京を中心に祈願をしているのだとしても、地震は起きるときは起きるのだから、そういう非科学的なことはやめた方がいいのではないだろうか。第一、昔ならともかく、今はそんなことをやってくれていても、国民の誰も感謝しない、つーか戸惑うだけ。もしも知ったら「…………(絶句)今までありがとうございました。今後はお願いですから中止してもっと楽にやってください」と、ほとんどの日本人は言うだろう。

■茂木健一郎
脳天気なことを言わせたら日本一な脳科学者茂木先生なだけあって、自分と同世代であることとか自分と同じ東大であることとか、自分と同じ『ワルキューレ』とか『ドイツオペラ』がどうのと言い募って親近感を示している。その上で、日本の皇室を英国王室型の超エリート的な位置付けにすることで、励ましの代わりにしている印象で、それはそれでいいのであるが、そうやってせっかく「世界を見てきた」雅子サマなのに、時代錯誤の宮中祭祀では、かえって悲しくなるだけだ。
 歴史は最終的には公平である。平成の皇室において皇太子殿下と雅子さまが果たしている役割の本質は、時の流れという恵みを受けることで、必ず明らかになる。

それはそうこの方が思っているだけ。そんなノンキなことを言っている間に、雅子さまのみならず、「特筆すべき精神の強度をもった皇太子」(by斎藤先生)だって、ダブルバインドのあげく、どう壊れるか分らないのだ。せいしんのブレは、若いときだけではなく、中年以後や老年でも多く発症するのだ。

■福田和也
恵まれぬ人、苦しむ者の側に

何よりも国民の、心の、支えになっていただきたい

マジめまいがした。適応障害、もしくはウツ、少なくとも心の病にかかっている人に何かを要求するとは…!!がーん。ウツの人に「頑張って」の類が禁句なのは、今や一般常識だろう? 人にああしろこうしろではなく、「自分が『恵まれぬ人、苦しむ者』の側に立って助けます、その自分の心の支柱になってください、いえ、そのために何もなさらずともいいのです、そのままでいいのです」という話ならまだ分るが、自分はまったく『恵まれぬ人、苦しむ者』を助けようという気はないのである(少なくとも一言もその気配を書いていない)。それじゃあ、「自分はどんどん強者としてなぎ倒していくので、彼らのケアをよろしく」としか聞こえない。

こんな風に、都合の悪いものを人(特に皇室)に押し付ける習慣は何とかならないのか。ほとんど読みながら涙目になってきた。この福田氏の文章には多く傍線が引いてある。寄贈者の共感をずいぶん呼んだらしい。
恵まれぬ人、苦しむ者を助ける力は、オノレの中に充分にあるのだ。自分がガンバレ


関係のない話に行き過ぎたので、次回はまた本題にもどる


------>>>>>>>>>つづく

posted by sukima at 17:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 助け合う社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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