2013年03月22日

【原発】2011年03月11日から2年が過ぎた。

まだ2年しか経っていないのに、多くの記憶が日々の生活にまぎれて薄れかけている。

うちの職場、翌月の勤務希望は15日までに出す決まりになっているのだけど、2周年ということをすっかり忘れていたため、11日(前日の日曜=10日とともに)を休日にできなかった。

これには我ながら驚いた。なんて忘れやすいんだ自分!!

ちゃんと今年も10日の日曜には脱原発デモをやっていた、というのに。しかも、4万人も集結したのに!!
あと、なぜか菅直人元首相まで参加して。まぁ菅さんなどは兎も角、4万1人目になれなかったのが、軽いショックだ。

→ソース:脱原発デモ:国会周辺で4万人参加- 毎日jp(毎日新聞)
→ソース2:田中龍作ジャーナル | 原発事故から2年・大集会 「無政府状態の日本に住まわされている」


なにせ、昨年暮れの選挙では、脱原発を挙げた「生活党」というか「未来党」だっけ? は大負けして、原発推進の自民党が大勝だもの。


★ ★ ★


ところで、調べると、国会周辺でなくてもデモはローカルにやっている。

今度はそういうトコに行ってみるかなあ。


割とご近所さんのデモ

原発さよならデモ@和光市2013/2/3 - YouTube





posted by sukima at 16:01| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 原子力発電所 | 更新情報をチェックする

【震災復興】震災復興はどれくらい進んでいるのだろう?

3月11日にはさすがのテレビも震災関連の話題を取り上げたのだろうか?

当方テレビはたまにしか見なくて、関係ないけど先日たまたまチラリと見たら、一頃さんざんバッシングされた次長課長が復活していた。「笑わせたら100万円もらえる」というお笑い番組への出演だ。いいところまで行ったけど残念ながら100万円獲得ならず~で、獲得したらどんなコメントを言ったのか? 「モノボケ」では随分神妙な顔で「ピンポン球いっぽんで勝負」とか禁欲的なことを言ってたがw
あと、インパルスも余裕で面白かった。
どうしてインパルスはもっと冴えたネタでコントをやってくれないんだろう、以前はあんなに面白かったのに。
ちょっとしたコトで過剰に血眼になる世相をコントにしたら腹抱えて笑えると思うけど……


ネットでは下のものが目立った。


  1. 震災から2年、風化させないために--ヤフーが大規模な復興支援を展開 - CNET Japan

  2. 復興庁のオフィシャルサイト

  3. 東日本大震災2周年特別番組「だから復興が進まない」でいいのか - マル激トーク・オン・ディマンド - ビデオニュース・ドットコム インターネット放送局



1は困った時のyahoo頼みっていうか、ネットの最古参としての存在感を示してくれた。何もしないよりずっといい。
2は精読体制に入らないと成果および現状が見えてこなそう(精読しても見えないかも)。
 ただ、スクロールした下の方にボランティア情報などがあってそっちは役立つ印象。
3は、被災地の中でも陸前高田市に絞り込んで、様子を伝えている。被災地の中でもっとも何もない更地状態になっているところ。

わたしの同僚の1人がこの市が故郷で、先日、陸前高田市に行って来たそうだ(行くのは誰でも行けるようになっている)。中学だけは高台なので残っていたが、小学校も高校もなくなっていたそうだ。それでも野原のようになっていたため、思っていたほど悲惨な印象はなかったという。
(彼女の家族は、震災前に陸前高田市を離れていたため、被害はなかった)
陸前高田市の市街地はすっぽり低地だったため津波に何もかもさらわれてしまった。

それで今は、(ここに再び住むなら?)更地に土を盛って高くする作業が必要で、大変な一大事業となる。もうやるならやるで、一気に世界中にアピールしてから観光を兼ねて始めると良さそうな感じだった。

あと、町のシンボル、復興への希望の象徴として一本の松を残す作業を行っているのは有名だ。
参照:一本松募金へのメッセージ
3の番組で市長はこの松への思いも語っていた。

同僚はこの松には批判的、ではあったが、かといって積極的に批判というのでもない。
現地に住む人のブログ「再生 陸前高田」にも批判がましいコトは特にない。
思うにサイボーグだ何だと多少叩かれるくらいの方が人の話題になりやすくて、良い気がする。

あと市長が話していたのは、民主党政権から安倍政権になってからの変化。
あと、防潮堤、11メートルならいいけど15メートルはダメ、みたいな四角四面なダメだしを官庁に言われてしまうこと。
現地の声が有効にならない苦悩。現場を知らない役人の対応。

少し前クロ現で、水俣病訴訟で国とたたかった石牟礼 道子 (いしむれ みちこ)さんがゲストで出て言ってたけど、

「(当時)(水俣で起きていることや苦しんでいることについて)話し合うために東京に出たけど、話せる人が誰もいなかった」と言ってたの思い出した。

「(首都)東京まで(苦しい病状をおして)出て行って伝えようとしたけど、解ろうと、解り合おうとしてくれる人がどこにもいなかった」って。

ひいては石牟礼氏は、この国には国というものがない、誰もいない。
そうではなくて、(経済というものばかりではなく)精神、というものが国として成長しなくてはならないのだ、とも。


解り合おうとしながら進んでいくのでなければ、精神の成長というものはないし、発展というのもない。あるように見えてもそれは違う。


そういう強烈な印象をかましてくれることを言っていたのを、思い出した。

ラベル:復興支援
posted by sukima at 19:12| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 助け合う社会 | 更新情報をチェックする

2013年03月23日

南三陸ミシン工房のbagが届いた。偶然自分の誕生日に♪

前回リンクしたyahooの復興支援活動。

☆その一環:復興デパートメント特集 - Yahoo! JAPAN
の中のひとつ↓

minamisanriku-hukko_mmk-01.jpg

お値段1890円/一個
南三陸ミシン工房|復興デパートメント
宮城県南三陸町でがんばるお母さん達がミシンで作るbag

こういう可愛らしい手芸モノ見ると無条件に食指が動いてしまう。
けど「これくらいならミシン持っているし、自分で縫えるよなあ」とは、思った。
それに18センチ×18センチでは小さすぎて、弁当箱も入らない。

お届けには日数がかかり一ヶ月くらい先、みたいにも書いてあった。
つまり実用性は低いし、届くのもいつともしれない…
と、思ったけど、届くのなんかいつでもいいよ。募金と思えば腹も立たないし、何に使うわけでもないから急がないし。

そう思って購入ボタンを押したのが11日頃だったかな?
届くのずっと先と思っていたから早くも忘れかけていた。
そしたら先日届いて。

三陸町復興
先日っていうのは偶然わたしの誕生日でもあったのだけど、手にとったらやっぱ小さい。
広告の通り「Carry your weight !」とかいてある。
直筆? のちょっとしたカードも付いてるんだなぁ、と思いながら
裏返して。

三陸町復興

そしたら突然、ドカン、ときた。
中央の布が目に入った時に。
あちこちから集めたカーテンなどの端切れで作るbagと紹介されていたから、中央もカーテン生地。
カーテンって、こういう風にゴージャスだもの。

カーテンから連想するもの、
家、窓、くらし。
家には窓がつきもので、窓にはカーテンは必須で。
それを朝起きたらシャーっと開けて、夕刻になって部屋の灯りがともったら閉めて。

そんな何気ない生活… 
その時はそこまで考え巡らさなかったけど…
というのも、とてもよく考えてリーフ柄が出るようにカットされていたから、思考の一端が見えた。

丁寧に、丹念にアイロンもピチッとかけられて。
角は目打ちで尖らせて。
縫い目はまっすぐで0.1ミリの乱れもなくて。

熟練といえばそうかもしれないし、全部気のせいかもしれないけど
この縫い目は、ただの縫い目じゃない。
生きている、ということ。
生きている、生きている、生きている、といいながら縫い目が走っている。

あらためてさっきのカードを見ると、真っ黒いインクだから印刷に見えたけど、やっぱ手書きで、

「あんだも、がんばっぺし!!」

ずーんときた。
励まされた。
励まされるってこういう事を言うんだなあっ…
励ますって、言葉ではよく言う。
「わたしはAさんを励ました」みたいに。
でも どんくらいほんとに励ますこと、出来てたんだろ。


と言っても、その時はそこまでは考えてなくて、
胸が熱くていっぱいになって、思わず匂いをかいだら、何も匂わなくて。
潮の香りがするとか、そういうのは別になくて

って、そんな感じだった。

そして、本当に思った。



はい。わたしも、がんばります!!



ラベル:復興支援
posted by sukima at 09:04| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | 更新情報をチェックする
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