2012年07月10日

【本の感想】宇宙消失 / グレッグ・イーガン

2034年、地球の夜空から星が消えた。冥王星軌道の倍の大きさをもつ、完璧な暗黒の球体が、一瞬にして太陽系を包み込んだのだ。世界各地をパニックが襲った。球体は<バブル>と呼ばれ、その正体について様々な憶測が乱れ飛んだが、ひとつとして確実なものはない。やがて人々は日常生活をとりもどし、宇宙を失ったまま33年が過ぎた----。ある日、元警察官のニックは、匿名の依頼人からの仕事で、警戒厳重な病院から誘拐された若い女性の捜索に乗りだした。だがそれが、人類を震撼させる量子論的真実に結びつこうとは……!

この本は凄かった。自分の頭蓋内にPluggedされて直接文章が入ってくる感じ、つうか?
「これは凄い」と思って検索すると、たいがいすでにネットで凄い凄いと言われているものだけど、この本(作者)も、案の定超弩級に凄いってことで定着していた。

そも『宇宙消失』は新作というわけではなく、原文の出版年は1992年で日本での出版年は1999年とすでにして一昔二昔前であり、それを周回遅れで読んでいる自分だけど、古さなどはまったく感じない。量子力学の知識をベースにした「理系」の小説なので、完全理解とは到底いかないけれど、きわめて直感的に入ってくる内容なので、量子力学だの蓋然性だのいう言葉に怖じけづくことはそんなにない。さらに、タイトルの『宇宙消失』が原題では『Quarantine』=「隔離」だと知ったら、あーーそうかとピンと来くるものがあった。つまり、宇宙を消失した理由は隔離されたからなのだ。

読書行為としていうと、全体の2/3から3/4あたりまでは面白かったが、その後が結構くどくて「波動関数の収縮」が起きなかったら(つまり、「現実化」しなかったら)どうなるこうなると、そうならなかった他の自分についての記述が長くてだれた。が、よく考えたら、「拡散」したまま何も決定し得ずにそのまま死んでしまうというのは、比喩としてではなく、実際の多くの人生にみられる現象かもしれず、それを思うと、いかに「収縮」させんとする意志が大事かという話しにつなげようと思えばつながる。

言ってみれば自己啓発本的なロジックが編み出せそうな「量子力学」の文学化なのである。が、この本的にはそんなのは無意味だ。なぜってここでは、「脳神経再結線」によって、必要な脳神経の状態を自在に起動する事ができる通称「モッド」が、とてつもなく便利に使われているからだ。そこまで進化したナノテク技術の前では自己啓発の努力に用はない。好きな時にP1とかP2とかP3とか(確かP5まであった)を呼び出せば、あらゆる精神状態でいられる。恐怖を克服することも、退屈を感じずに警備仕事を続けることも、妻が死んだからと言って悲嘆にくれないでいることも、簡単だ。

思えば人の精神はヤワだ。人前にでれば緊張するし、うまく話せないし、自分の話しが無価値なように思えるし、人の考えていることが分からず不安になるし。小さな事で傷つくし、怖じ気づくし、いつまでも忘れられないし。人が自分よりも好かれていたり愛されていると(感じると)、嫉妬にかられるし落ち込むしひねくれるし。

それ以上に手を焼くのは、自分の様態がひとつに決まっておらず、変わる度に世界が変わり、常識が変わり、他人が変わることだろうか。実は本書を読むことはある逃避行動の一環であった。今年度に町内会の班長になったうちは、社会福祉協議会のお金を集金に行かねばならなくなっていた。(社会福祉協議会が何であるかなど検索のこと。わたしも知らなくてそうした) しかしその数日前から、班の二三人がゴミ出しルールがなっていないと怒りのメッセージを発信していた。それはそれは恐ろしいメッセージだった。

わたしはその人に会いたくなくて会いたくなくて、震えていた。
といったら大げさに感じるだろう。
事実、かなり大げさだ。
と同時に、ちっとも大げさではないのだ。それどころか、まだ話しをしたこともない、顔もよく分かっていないその人が、わたしの頭の中ではイジメの帝王のように感じられ、緊張のあまり不眠症になりかけた。

わたしはその人に会った時の状況をあらゆる角度からシミュレーションしてみた。最悪のケース。最良のケース。普通のケース。わたしは微笑んでいるべきなのか。じゃっかんおどけているべきなのか、低姿勢なのか、それとも毅然と誇り高くいるべきなのか。それとも、これ以上はないほどに、わたしはわたし「自身」でいるべきなのか。 そしてその際に、わたしは何を「望んで」いるべきなのか?

その時のわたしが、形のないまま無数に拡散している(まだ逃避の真っ最中であるから)。わたしがわたし自身の収縮すべき形を自在に操れれば良いが、そのためのモッドがない。仕方がないので自前でそれに近いイメージ作りをするしかない。が、当然向こうも同じようにしているし、向こうもまた「観測者」であるため、わたしはそれに引っ張られる。

いつもの事だけど自分の「平凡な日常」に密着した感想になった。本編の方はれっきとしたSFなので、もっと壮大な仕掛けというか、戦慄の展開というか、ひっちゃかめっちゃかなラストに向かう。それはそれはワケわからんものだ。いわゆる「愛」いわゆる「絆」いわゆる「真実」と無縁の。いわばひとつの体験としての読書といえるかもしれない。それに、ある種の励ましに近い感覚を受け取れなくもない。すると因果なことにその励ましこそが、わたしにとっての”真の≪アンサンブル≫”なんじゃないかという考えがわく。

わたしの、”真の≪アンサンブル≫”

 

 

今日の収縮とも拡散ともつかないもろもろ

posted by sukima at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | Review | 更新情報をチェックする

【映画館でみた映画】ロボット完全版

robbot.jpg

 

インド映画のロボット完全版を見た。ワケわからんがベラボウに面白かった。

(現在、一部地域でまだ上映中

●併せて読みたい
Yahoo!みんなの政治-<インドの果たされなかった約束―― 成長の一方で拡大する格差>(1) | (2) | (3)

 

 

posted by sukima at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | Review | 更新情報をチェックする

あなたが望む次の政権の枠組みは? そして、デモ

Yahoo!みんなの政治 - あなたが望む次の政権の枠組みは? - 政治投票

このアンケートでとうとう、当方、正式に?民主党を捨てた。
政治主導には時間がかかるんだから気長にと思っていたけど、ここまで無残につぶれると、民主党に明日はない。
というか、自民党と同じになったんだから、早く自民党を名乗ればいい。
あとは、「小沢新党」ですか。小沢さんも次々に刺客を放たれるから、今度は何がくるんだろって感じで目が離せない。
検察による冤罪、マスコミによるキャラアサ、隠し子騒動、奥さんの手紙…

そういえば小沢さんは森ゆうこ議員の出版パーティーで、

「武力で革命を起こすのは皆の気持ちが高まれば起きる。しかし民主主義的プロセスを経て革命を起こすのは時間もかかるし大変だ。そこが民主主義のいいところだとも思っている」

と、言っていたそうだ。
真面目な話し、サスガと思った。
ツイッターでは、デモの人々を「警察に管理されすぎている、そんなじゃだめだ」と批判するデモ評論家みたいな人を見かける。
面白い事に、警察と揉めろと苛立つ人と、警察と揉めることを絶対的に避けようとする人の、二つのタイプがある。わたし自身は理論的には前者だけど、その場に行ったら警官相手に怒声を上げたり、警官の隊列に飛び込んだりとか出来ない。

もしもデモの人々が警官相手に揉めたり実力行使に及び、ひいては「武力による」革命的なアクションをするにいたることがあるとしても、それは気持ちが高まったからであって、作戦でも戦略でもわざとでも計画的でもないだろう。

そして実際には、両者の中間当たりのモヤモヤがある。それは、人々には公道をデモする権利があるはずなのに、警察官が過剰に誘導し、過剰に道のはじっこに寄せる。(この前のデモの時は、地下鉄構内からでれないようにしたとか) 歩くスピードまで指図し、間があくと細々と注意する。子どもじゃないんだから、いい加減にしてほしい。

デモの人数

デモの人数にも、こだわる人とさほどでもない人がいる。わたしは後者に近いけど、そんでも客観データとしては有力だろうからこだわると、何やら幅のあるハッキリしない数字が複数出てくる。
6/29首相官邸前デモ参加者は何人?各社報道と空撮画像と指摘画像まとめ - NAVER まとめ
その上最新情報では、「警察は人数を発表しないし、したこともない」というのだから、やる気あんのかっと聞きたい。警察は、デモ隊の一番側で、それもトンでもない大人数で見張っているんだから、正確な数字くらい出せるだろう?! というか、もう警察はあてにしないで、独自にカウントした方が早い。

デモの姿 空から

【広瀬隆:正しい報道ヘリの会】カンパ募金集計結果発表!: 日々雑感
広瀬氏は空撮用のカンパを募り、当初想定の50万円を大幅に上回る780万円以上(7月2日時点)を集めたそうだ。(参照:広瀬隆:正しい報道ヘリの会)。この件は東京新聞にも載っていた。

780万円という金額は、既存のマスコミがぜったいに(ってほどではなく、ある程度は報道する。差し障りない範囲では)報道しないことを知っている、その絶望感の深さだ。であると同時に、「これ、ちゃんと映像になってないともったいな☆」という現代っ子気質。また、参加している立場だと、全体がぜんぜん分からないので見たい、知りたいというのもあるかと。

次のデモ

官邸前集会(7.13金)は最寄り駅が変更したようです - 民間人です
7・16は「さようなら原発10万人集会」へ! | さようなら原発1000万人アクション

ラベル:脱原発デモ
posted by sukima at 04:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 原子力発電所 | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

【原発】母との電話。あらためて、大飯原発再稼働反対だな

朝起きて見ると、携帯に「大分・熊本の豪雨で死者が出た」というニュースが流れていた。


まさかのまさかと思い、大分の母に電話した。

三回のコールで出た母は、眠そうな声だった。そっちは大雨じゃないのか聞くと、

「こっちもずっと降っているけど、豪雨がすごいのは大分の中でも、竹田とか、滝廉太郎が歌にした、ほら、あそこらの、山間部なのよ」

とのことだった。母はさらに

「えと、滝廉太郎の、何だっけ何だっけ」

と言い続けた。

わたしは滝廉太郎は知っていたけど、曲名が出てこなかった。小学校の歌集を思い出そうにも、ぜんぜん出てこない。

「あーーーーそう、荒城の月よ!!」

と、ほどなくして母は眠気の覚めた声で言った。

「ああ、あれかあれか。あったね、そうそう」
荒城の月が大分だったとは知らなかったが、まあ、そういうことならそういうことなんだろう。

母は共産党なので、話しは大雨から大飯原発再稼働の話しになった。
なんでも赤旗日曜版には毎週、官邸前デモの事が載っているという。
母は、次第次第に、熱心に語り始めた。


「どうして大飯原発が再稼働になったか知っているかい?

国会事故調の結果が出ただろう? あれで、原発事故は『人災』って結果がハッキリ出たんだよ。

あの結果が出る前に、再稼働してしまいたかったのさ。

東電はずっと事故の原因は津波と言っていたけど、実際は地震だった。

だから、大飯原発にも万全の地震対策が取られていなくてはならないけど、実際はそこまでいっていない。

津波に対しても、防潮堤が必要だ、何が必要だと言われているけど、できてないんだ。



(関係機関・研究者は)東北太平洋沖地震をまったく予知できず、対策をこうじて置くこともできなかった。

その痛恨の思いがあるから、次に同じことを起こさないために、大飯原発下の地盤を調査した。

そうしたら、活断層があることがわかったんだよ。

東電の原発と、同じことが起きる可能性は、じゅうぶんにある。

絶対に、起きてはならない事故が、また起きる可能性はあるんだ。」


母は今年74才なのに、実に理路整然としていた。
大飯原発再稼働をなぜ反対しなくてはならないか、真剣に話してくれた。
自分でもそういう知識はあったけれど、猥雑な知識(デモによって政府を動かすにはどうしたらいいのか、など)もあったため、シンプルな地点をなくしかけていた。

母の話はさらに続く。


「元防衛大臣のイシバシっているだろ?

イシバシが言ってたね、原発に使う燃料は、核兵器に使えるんだって。

核兵器作る技術は日本にはあるんだって。

いつか作る時のために、プルトニウムとか、確保してなくちゃならない、そういう意義もあって原発は必要なんだって。

イシバシが、言ってたよ」


(イシバシはイシバだろうけど、どっちでもいいので訂正はしなかった。)

核兵器。原発を動かすほんとうの動機はこれだろうと、言われているやつだ。

それに対するわたしの意見はこうだ。


「もしも核兵器を開発したいというのなら、それはそれ、原発とは別に考えてほしいよね。

(ここで母が目くじらを立てて反論するのかと思ったら、そうではなかった)

原発は電気を作るための施設なんであってさ。そこを混同することは、ぜんぶを誤魔化し誤魔化しで進めることで、国民とか市民にとって、一番許せないことじゃない?

堂々と核兵器もちたいならもちたいで、憲法改正も含めて議論していいんでない?」

母は、当然「非核三原則」の人である。

が、同時に「みんなちがってみんないい by 金子みすゞ」な人なので、わたしの話しも聞いていた。

(なにせ九州の親戚とも意見が違ってばかりなので、そうでも思ってないとやってられないと、今さっき言っていたばかり)

「あ、今日金曜日だね、お前も官邸前に行くのかい?」と、母。

「今日は夕方から仕事だから行かないけど、16日は行くと思う」

「ああ、16日にも、大規模なのやるみたいだね」

と、ほんとうによく知っている。

その昔は、家のこともほっぽらかして反核デモとか、赤旗まつりとか行ってた人だけど、今は随分と丸くなった。

昔より、母のことが好きになった。
いろいろなものが、さりげに大きく変化している。

ラベル:原発再稼働 原発
posted by sukima at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 原子力発電所 | 更新情報をチェックする

2012年07月18日

2012年7月16日 代々木にて

7月16日に大きなイベントがあることは前月から知っていた。なので、あらかじめ休みを取っておくことができた。

16日の少し前からタイムラインを眺めていたけど、「脱原発10万人集会」に関してさほど煽り系のツイートはなくて、凪いだ海のように落ち着いていたように思う。

けどわたしには、16日は相当な人が集まるな、という予感があった。

というのも、インターネットをまったくやらない職場の同僚すらこの集会のことを知っていたからだ。彼女はラジオで聞いたらしくて、「16日に、やるんですって、あたしも行こうかと思うの」と言っていたのだ。
それで思わず驚いたわたしは「えーー行くの? わたしも行くんだよ」と答え、ついでに今までも3回くらいデモに行っていることや、その時の様子を教えた。

すると彼女は「すごいのねー 日比野さんって」と、しきりに感心してくれたので、やや照れなくもなかった。

そんなで当日、地下鉄原宿駅の構内から地上に出るとき、「この上には何があるんだろう」と期待のあまり、背中がゾクゾクした。

(構内に向けてピューピューとひんやりした風が吹き付けていたので、そのせいかも…)

リンク集:当日の様子。おもに映像
  1. さようなら原発10万人集会!人・人・人の デモ画像集! - NAVER まとめ
  2. 脱原発集会:「17万人」参加、最大規模に 代々木公園- 毎日jp(毎日新聞)
  3. さようなら原発10万人集会 7/16 特設エントリー:リアルタイム情報まとめ:ざまあみやがれい!
  4. 17万人が「脱原発」訴える~さようなら原発10万人集会 | OurPlanet-TV:特定非営利活動法人 アワープラネット・ティービー
  5. 原発なくせ17万人/熱気 決断迫る/代々木公園(赤旗)
  6. 坂本龍一さん「電気のため、なぜ命を」都心で脱原発デモ - 原発・電力:朝日新聞デジタル
  7. 正しい報道ヘリの会 7.16 さよなら原発10万人集会 空撮写真 | オンラインPDFマガジン「fotgazet(フォトガゼット)」

デモの、いい写真が沢山撮られるようになった。
大手マスコミでなければ絶対に無理と諦めかけていたヘリコプターからの空撮写真さえ、有志とカンパのおかげで見れるようになった。本当に凄いことだ。(上記7番)
他、日頃罵詈雑言を浴びせているマスコミの毎日や朝日だって、やればできるところを見せている。(文章の記事はまだ詳しく読んでないが)(デジタル版だけかも)

NHKには、少なくともこの件に関してはほぼ最悪の評価が下っている様子だ。
ただわたしとしては、むしろNHKには報道されたくないと思っている。
というのも6月29日(金)に、とうとう大越健介がニュース9で官邸前デモをほんのちょっと伝えたんだけど、その時の冷ややかな、馬鹿にしたような、あたかもデモの市民を反社会勢力か犯罪者扱いでもするような、あるいは「NHKの影響下で起きたのではない動きはいっさい認めない」とでもいわんばかりの傲岸な態度は、見ているこちらを凹ませ、落ち込ませるに十分だった。

伝えるとは、ただ起きたことを冷たく、突き放して言えば、ソレで報道したことになるのではないと、つくづく思った。
伝えるとは、それをなした人の思い、歴史的意義、位置づけなどを、報道サイドとして咀嚼し、飲み込み、もしも一般市民が何か訴えかけているものがあるなら、その声に無心で耳を傾けつつ行ってこそ、はじめて「伝える」なんじゃないのか。

大越健介は、単に「不愉快」という自分の気持ちを伝えただけだった。

以来わたしは「こいつらには報道されない方がマシじゃないか」と、思うようになった。

なので、今回も、報道しなくて結構毛ダラケ猫灰だらけである。

自分の位置からちょっと写真解説
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【提供:正しい報道ヘリの会】

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着いたのが遅かったせいもあって、(しかも着いたら着いたで露店で食べたり飲んだりしていた;) 柵の外でお話を聞いた。といっても、代々木公園内にはたくさんスピーカーがあるので、どこにいてもお話は聞けたし。ちなみに「ラーメンバーガー」はおいしかった。もんじゅくんの食べ物はみつからなかった。

自分の撮った写真
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集会の、おもだったイベントが終わり、みながデモに出発。今回わたしはデモは参加せず、そのかわり一度は上ってみたかった歩道橋の上へ

歩道橋を駆け上るとき、自分内が「おおー」と盛り上がった。

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写真だと小さくなって迫力ないけど、向こうの歩道橋も、あと、明治神宮から続く橋にも人がいっぱい

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警察官の車上アナウンス係。デモの時に必ず居る。たぶんキャリア組なんじゃないですかね?

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ひとしきり眺めたので歩道橋を降りかけていると、中高年男子の怒号が聞こえた。
例のアナウンス係に向かってヤジをとばしている様子。このおじさんの他にも中高年が下でやんややんやと賑やかだった。
全共闘世代OBなンでしょうか? 昔取った杵柄的な迫力が。

写真は人混みをかきわけ手を押し込んでむりむり撮った一枚。なので一種の緊張感を察知してやってください。日頃疎まれがちな中高年男子たちだけど、こういう時は頼りになるんだなぁと感心してしまった。

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この場所はJR原宿駅の側。信号が青になったのか歩き出す人々。にしても、日本のデモ隊、だんだんこなれてきた。警察が何を言うのか、どう動くのか、何をさせようとするのか、見切ってきた。
今やもう気持ちが負けてない。
今回、見ててそんな確信をもった。

 

ラベル:脱原発デモ
posted by sukima at 02:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 原子力発電所 | 更新情報をチェックする

2012年07月24日

【日記】あれから。それから。これから

先日イーガンの『宇宙消失』の感想を書いた中で、またまた極私的な、情けない日常の断片を綴った。

綴ったのは実際モンダイ頭の中がソレで一杯で胸の中も一杯で、とにかくイッパイイッパイだったためだ。

で、今回はその後日談を書く。

その例の、ゴミ出しルールがなっていないと、回覧板に意見を書いてくれた人は、実際に会ってみると別に怪物でもモンスターでもなく、ごく普通の女の人だった。集金の名目で呼び鈴ならして出てきたもらったので、あまり長話しはしなかったけど、現在のゴミ出しの様子をどう思っているか聞いてみると、何も不満もないし、とても良くなっていると笑顔で話していた。

なんかー安堵。

と思ったら、他の人の方がよほどビクついていて、特にゴミ出しルールの守れていない点として指摘された<「リポビタンD」の空き瓶をフタしたまま捨てる>

この行為をやっているだろう人が、わざわざ夫婦で出てきて、わたしに対して戦闘態勢だったのは、あとで考えれば笑い話だけど、こっちは別に犯人捜しをしている刑事ってわけじゃないし、そもそもゴミ出しルールにウルサイ人間でもないのだから、単に集金に来たわたしにそういう態度、ホントやめてね、だった。

本気で疲れる…

そんなで、一度の集金で全世帯をまわれず、その日だけでグターーーっとした。
とはいえ、残った世帯は割とラクな人たちだったので(話しをしたことのある人が多かった)、1週間後に気を取り直してもう一度集金にまわり、ほぼ全世帯から500円を徴収した。なかなかに面白い経験になった。あまりに苦境に立たされているわたしに、何人かが同情を寄せてくれて、心あたたまる言葉をかけてくれたし。

ただリポビタンDの夫婦だって、リポビタンDのフタが「缶」で出来ていて、そっちはそっちで分別しないといけないと知らなかっただけの事で、回覧板であそこまで言われるとは思ってなかったのだろう。目立ったり、ルールを守れてないなどと指摘されるような事を極力オソレて生活しているのが皆の現状(と思われる)なので、ルール知らずの人ってわけではないはずだ。

つまり、どっちにしろ、窮屈きまわりないんだよねえ

そんなで、わたしの町内会ライフ、何か変化の兆しがあったら、また続報を伝えたい


ひとりっ子 (ハヤカワ文庫 SF)グレッグ・イーガン (著), 山岸 真 (編・訳)


ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF) グレッグ・イーガン (著), 山岸 真 (訳)

ラベル:近隣、地域
posted by sukima at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | 更新情報をチェックする

【見解】坂本龍一「たかが電気」は、「たかが命」へのせいいっぱいのレジスタンス

わたしも前回様子をレポートした「さようなら原発10万人集会」。

集会のとき、10万人以上を前にスピーチした一番バッターが坂本さんだった。
わたしはやや遅れて代々木公園に到着したため、ステージ前の会場には入れなかったけれど、性能のいいスピーカーが公園内に設置されていたので、スピーチの声はよく聞こえた。

ただ、その場の高揚感と、にぎやかに並んだ出店があまりにも食欲をそそったため、あんまよく聞いてなくて、その後みんなの酒の肴にされる「たかが電気」発言も耳に入ってなかった。それに坂本さんの話しはとても短くて、あっという間に終わっていた。

坂本さんの次は確か大江さんで、大江さんは言葉をナリワイにしているのだから当然だろうけど、伝えるべき内容がちゃんとまとまっていた。その次は落合さんで、落合さんは昔レモンちゃんの愛称で「セイヤング」つう深夜放送をやっていて、わたしが人生で最初に聞いた深夜放送がレモンちゃんの最終回で、その時ラジオの深夜放送ってメチャ面白いワと目覚めたのだった。落合さんの話は、あの最終回の続きを聞いているようで、とても感慨深かった。

さっき東京新聞で読んだけど、政府事故調の最終報告が23日に出たそうだ。政府事故調でも、SPEEDIがどうして機能しなかったかは、解明されなかった。
政府事故調は国会事故調と違って事故の直接原因を津波としたそうだ。ただし最終的に残る疑問の数々は地震が原因ではないかと、示唆している。

大飯原発再稼働を宣言した時の野田首相といい、事故原因が何かハッキリしていないのに早くも次の原発を見切り発車する当局のやり方といい、そも事故前から、本当に安全な原発を作ろうと本気だったわけでもない原子力村の人たちといい、彼らの言動は、「たかが国民・地域住民の命」としか聞こえないものだ。「たかが命のために、大事な原子力を捨てる理由がどこにあるんだ」と、たぶん本気で思っている(としか思えない)。

そんなに命軽視なら自分の命かけなよと思うけど、そういう気はないのだろう。彼らが危険な場面に居る所を見たことがない。かけるのはいっつも、他人の命ばかりだ。

坂本さんがせめてもの腹いせに、「たかが電気」と言ったからといってどうして責められよう?
言葉足らずで誤解を生む要素があったとしても、あれだけの大観衆を前にうまく話すのは難しい。音楽家だからそれなりに繊細なはずだし。

電気が必要で、電気が大事で、もっと言えば電気大好きなのはみんなそう。

それをたかがと言わなくてはならなかった気持ちも、くんでやってほしい。

☆ ☆

注:わたしは坂本さんあたりの回し者でわありません。つーか坂本音楽あんま聴いたことないし、よくわかってはいない汗

posted by sukima at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 原子力発電所 | 更新情報をチェックする
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