2011年07月07日

福島原発の真実 / 佐藤栄作久

☆『福島原発の真実』(bk1へのリンク)
佐藤栄作久(氏のWEBサイト)
佐藤栄佐久元福島県知事2011年3月20日(今年3月20日のインタビュー)

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2011年07月11日

続続・子どもだけでも避難(疎開)、という案はどうなっているのか?

今ツイッター見ていて知ったけど、読売テレビが「放射能からわが子を過剰に守る母は正義ではない」などとする、くだらない番組を作ったそうだ。

「過剰に心配」というけど、福島で起きているような低線量被曝は、人類史上まだ誰も経験していないのだから、その心配が「過剰」なのか「適当量」なのか「過小量」なのかは誰にも分らないはず。適当で無責任なことを言うのは差し控えてほしい。

もっとも同日の今日、朝日新聞が妙に神妙に子どもの被曝問題に取り組んだ記事を出していたので、それに対抗したつもりなのかもしれない。つまり、朝日が言挙げしてきたから対抗した、みたいな? (そういうチームプレーが好きなのが日本のマスメディア)

へんな争いの装いにつきあっているヒマはないし、一番のワルは経産省の官僚なので、マスゴミごときの挙動に振り回されたくはないけれど、実際上母おやにとってはテレビの発信内容の影響が一番大きいだろう。兎にも角にも、
ただでさえ苦しんでいる親に、追い打ちをかけるのはやめて欲しい。


「福島の子どもの尿からセシウム」


6月30日「福島の子どもの尿からセシウム」というニュースがかけめぐった。
この事が何を意味するのか、どうやら(いろいろ見て回ったが)明確に分る人はいないようだ。なので悲劇的な方面に向けて思い込むのは早計。

ourplanet TV「福島市の子ども10人中10人の尿からセシウム検出」によると、検体を提出したのは、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」などのNPOがメーリングリストで募集した6歳~16歳の男子6人、女子4人の合計10人で、事故当時福島市に住んでいた子ども。

調べた調査機関はフランスの信頼ある公式機関で、セシウム134(半減期2年)、セシウム137(半減期30年)が検出された。

動画の後半はその機関の所長が「さらに正確な状況を把握するには、ホールボディカウンターが必要」「フランスの放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)は、10ミリシーベルトを避難の基準に設定するべきだとしており、その場合、福島ではさらに7万人が避難することになる計算。避難基準を決める民主的な話し合いが必要」と。


福島報告 尿検査で判明した子どもの内部被曝とその対応

上記話題を、医療ジャーナリストの藍原氏と語り合うビデオニュースドットコム。
わたしもちょっと文字起こししたけど、yahooのが詳しい。あと、福島にもホールボディカウンターが少しずつ台数が増えているとも藍原氏は言っていた。その一方、内部被曝防御についての国や県の政策はほとんどなく、市民は現在も内部被曝の危険にさらされているのが実情とのこと。また、上記記者会見も東京で開かれたものなので、福島の人が知っているかはこの時点では不明。

県は相変わらず、安全寄りで固まっているということだ。なので、県民が自主的に除洗作業に乗り出し、そのためのマニュアルを県に作らせるという動きが出てきた。それに対して原発安全委員会は「県民のみなさまが自主的にやるのはいいことです」とトンチンカンだそうだ。さすが経産省の出先機関だけはある。

宮台氏は、「国は安全というが人類未体験の出来事なので安全と言える根拠はない。正直に『安全かどうかは分らない』ということを言うべき」と。
藍原氏は、県民は事実を知りたいのだ、パニックにはならないと。


☆ニュースの深層7/5(火) 福島の子どもたち 放射線の影響と健康状態は?

こちらも子どもの被曝についての番組であるが、上記話題とはやや違うもの。
上記はNPOによる調査であったが、こちらは国が、原発周辺の子ども1000人を調査し、そのうち45%に甲状腺微量被ばくみつかった、その件について。(参照:福島第一周辺の子1000人調査 甲状腺微量被ばく45%

そして国は、こうまでハッキリしても、まだ「問題ない、大丈夫」と言い続けていると。
どっから出てきた大丈夫なのか? と大いに謎。
山田氏がもっとも強く報告していたのは、「福島では子を心配するおかあさんたちが、不安を口にできなくなっている。子どもの具合の悪さを放射線のせいじゃないかと医師に言うと、笑われる、もしくはイヤな顔をされる」という実情。

これもそれも、政府や県が「安全、大丈夫、心配ない」と言ってしまっているがゆえに、反対の事を言えなくなっているという、おそろしい言論封殺状況というか(大げさではなく)人権蹂躙状況というかで、安心かどうかはともかく、せめて不安を不安と言えるようでないと、何のための医療か、何のためのサポートか?


氏はなんでもかでも「放射線の影響」と結びつけはせず、いつまでも止まらない異常な鼻血は白血病の可能性などあり心配であるが、通常の鼻血はそうではないと。つまり、晩発性障害としての放射線被害は起こりえるが、急性のそれは「ないだろう」と考えている。
でもって、ここが一番大事であるが
晩発性を予防するためにも、地産地消はぜったいダメと。
大人は仕方ないが、子どもに福島の野菜や牛乳はダメと。
食べるならばある程度の年配者が、食べるしかない。
そしてあとは、経産省や東電や菅直人に買い上げてもらえばいいと。


☆地産地消、するより経産省と東電に買ってもらおう
経産省と東電に桃購入要請 福島観光農園協というのがあった。桃だけでなくトマトもキュウリも牛乳も、経産省の役人と東電職員に買わせればいいのだ。何なら丸々牛ごと。もっとも牛がモーモーモーいやがりそうだけど。


☆ ☆ ☆

これらの事を考え合わせると、
今だ子どもの安全は脅かされ続けている。

ラベル:原発
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2011年07月14日

枝野官房長官など政府・役人は、喫煙や飲酒や大食いや偏食と、この件を比較するの禁止!

let.jpg 7月7日枝野官房長官は、参議院予算委員会で放射線の影響について聞かれ、

「被爆した放射線量が100mSv未満では放射線が癌を引き起こすという科学的な証拠はない、ということでございます。

100mSvを超えても、100mSv~200mSvの場合の癌になるリスクは喫煙や大量飲食・食事などの生活習慣を原因とする癌のリスクよりはるかに低い値であるとされています。続きを読む
posted by sukima at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 原子力発電所 | 更新情報をチェックする

2011年07月15日

『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』は読んじゃいないけど

数日前にテレビを付けていたら、武田鉄矢さんが司会の番組が始まって、武田氏は悲しげな、もののあわれを思わせる表情で話をしていた。
いったい何の話し? と思いつつ聞いていると、どうやら「ドナルド・キーン」氏の話しをしているようだった。日本文学研究家ドナルド・キーン氏が、3.11の大震災の後、日本を励ます意味も込めて日本に帰化した事は、ニュースになって知られた通りだ。武田氏は、そんなキーン氏のことを「ありがたいですねぇ」と感謝しウンウンうなづいていた。

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posted by sukima at 09:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代社会 | 更新情報をチェックする

福島県

2011-07-12 17:52:00 夏休み避難がダメに(;_;)


どうして、こんなことを、福島県はするのか。



これじゃあ幽閉されているも同然じゃないか


ラベル:避難 被曝
posted by sukima at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代社会 | 更新情報をチェックする

2011年07月16日

自由報道協会への寄付

自由報道協会への寄付を推奨します。


推奨理由を含む話し。


先ほど、「山下俊一氏らを刑事告発 広瀬隆氏 明石昇二郎氏記者会見」をやっていた。
その記者会見が、自由報道協会主催のものだった。

広瀬氏はこの会見を、どうして他の普通の記者会見でしないのか? と聞かれて、
「ここが好きだから」と答えていて、みょうに微笑ましかった。

記者会見はしなくても、刑事告発自体は行える(と思う)。
けれど、刑事告発を広く知らしめる場所がなければ、受理されるかどうかもまだ不明の告発であり、かりにされてもどういう判決がいつ出るかも分らない。

「脱原発」デモの巨大なうねりすら伝えなかった従来のマスメディアが、広瀬隆氏 明石昇二郎氏のこの行動を報道するとは、きわめて考えにくい。

このようなアクションが広く知られることで、福島県アドバイザー山下氏への疑問が広がれば、親たちが不安を口にすることすらできない不自由から解放されるのではないか。
そうなれば、自分達で動ける範囲が広がる。


そのような貴重な場を提供している、という理由から。

(この回部分的にしか見てないので把握しきっていないですが)

寄付は一口一万円から也。

☆ ☆ ☆ ☆  

子どもに地産地消させてはいけないと、またまた思った。

先生がむりやり給食たべさせたりとか。


ラベル:自由報道協会
posted by sukima at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | Donation | 更新情報をチェックする

2011年07月17日

いや、誰も「脱原発」一色に染まりたくて染まっているわけじゃないでしょう。「誰かが示した安易で簡単な答えに飛び」ついた結果がこれ(事故原発、被曝etc...)ってことですよ

ときどき立ち寄る「毒蛇山荘」ブログをさっき読んだら、誰も彼もが「脱原発」に傾倒していることについて、挑戦的かつユニークな事を言っていた。

要点は
*考え続ける87歳インタビュー 吉本隆明 思想家

  「思い描いていた大人に僕はなりきれていない」/「誰かが示した安易で簡単な答えに飛びつかないことが大切です」/「大震災後をどう生きるか。僕は考え続けて生きたいと思う」今回の大震災で「原発はもうダメだ」と口々にいう社会。そんな言葉にすぐ引っ張られてしまう日本人に対し、“思想界の巨人”は、静かに「待った」をかけた。

ということで、“思想界の巨人”の意見が紹介されている。(本文の引用ではないので詳しくは不明であるが)

これ見てなんか思ったんだけど、「原子力エネルギー」って「自然エネルギー」とは違うのかな? だってウランって自然界にあるものなんでしょ?
でもって、吉本氏が言うことって、いわゆる自然エネルギーを信奉しまくる人と本質一緒なんじゃないかって思えるんだけど?

あの自然エネルギーってのも、たとえばソーラーパネルなんか原料は石油だったり、風力発電は風下の風量を半分にするから樹を滅ぼすとか、あれやこれやで、問題多いって話しだ。

☆参照:武田邦彦「日本の自然と子供の将来のために、自然エネルギーはやめろ」(2011年6月7日)

その一方、原子力エネも問題が多い。多すぎる。

吉本氏みたいな言論が存在するのは、言うまでも無く大いに構わないけど、原子力エネルギーに絡みつく要素の汚さと大きさは、わたしなどの許容範囲を超えている。

同様、科学科学というけれど、SPEEDIみたいな最先端の科学がちゃんとできあがっていても、人間界の事情次第で役に立たず、首相やら一部の人の安全のために使われただけという非人道ぶりを発揮。

「エクスタシー」みたいな快楽薬剤で大快楽味わっても、人体のキャパシティ超えて死んじゃった、みたいな元も子もない話し。

…喩え、うまくないかな…

言い直すとこうだ。たまに(わたしの職場病院なので)、ガスを吸って死にかける際の快楽のジャンキーになる、という人がいる(非常に危険。後遺症もひどい)。 原子力エネルギーて、なんかそれに似ている。危険だから捨てられないのでは? ていう疑い。危険でないものなら、別段擁護する気も起きないんじゃないかって。




この記事、あまり熱心に書く気起きないのは、くだんの掲載誌が「青春出版」のものとのことで、考える主体のメインは若者であるから。

人の分まで考えるのはよくない。



(今、時間もあまりない)

☆ ☆ ☆ ☆

あと余談

ちなみに毒蛇ブログが長きに渡って取り上げている「林芙美子」という作家をわたしはまるで知らなかったのだけど、試しに青空文庫で読んだら面白くてかなり受けた。

たとえば「或る女」のたか子の蓮葉ぶりたるや。(蓮葉=ハスッパ。蓮葉マイブームの予感) 内容は昼メロもどきなのに、時代による経年劣化を感じさせない。これはなぜなんだろうと思うに、何より生きている人間を描くというスタンスと、生きて書いている自分(この場合林さん)の書くヨロコビが最優先されているためだと思われる。つまらない罪悪感や自責感で、昼メロの場合すぐに自殺したり殺したりと命を粗末にするが、ああいうのと違う。そういうとこが面白い。



☆ ☆ ☆ ☆


それはともかく、さっき思いついたのだけど


1:科学がそんなに好きなら、原子力エネルギーよりさらに進んだ科学によるエネルギーの開発、模索
(これは、ときどきブログでもみかける)

2:原子力安全委員会や、原子力委員会の、経産省からの、完全独立(ぜったい必須!!)

3:脱原発とは別枠としての、もう起きた事故の健康被害最小化
(もう、これが一番ですからっ)


と、

広く言えば、

今まで弱肉強食の資本主義競争社会だとばかり思っていたら、電力会社などは、その原理を外れての大勝者、大強者だった。
そういう誤魔化しをやめて、本当の意味の競争社会を作りつつ、
セーフティネットを充実させつつ、
若者の雇用を、確実にし、なおかつ世代間格差を是正する。
端的に言えば、年寄りがバカみたいに40兆円をためているのをはき出させるなどの施策をしつつ、

共産主義とは違う、アンチ金儲け主義の模索

その延長上にある、エネルギー問題。

ということで、自然エネルギーや核エネルギーというよりも、社会の模索の中で、人の手で生み出されるソーシャルエネルギーともいうものが出現すべきなのではないか。

などなど

を思い描いた昼下り・・・




posted by sukima at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代社会 | 更新情報をチェックする
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