2011年04月02日

2011年のジャーナリズムを後世に伝えるために。その3か4

2011年のジャーナリズムを後世に伝えるために。その3か4

フリージャーナリストの上杉隆がとうとう、矢折れ刃尽き前のめりにどぶ川に倒れたようだ。記者クラブのゲロと脱糞まみれのさぞや臭いどぶ川だろうと、気の毒でならない。
氏のオフィシャルページには、今年いっぱいをもって無期限休止を決意するにいたった経緯が綴られている。
わたしもせめて一言礼を述べようと、氏のコメント欄を見た。
そこでは多くの人が無期限休止に泣いていたし、途方に暮れていた。

思えば11日の震災の、被害を受けた地域の大きさ、亡くなった人々の多さ、生き残った人々の喪失感と悲嘆の大きさ。その衝撃が大きすぎたところへ、追い打ちをかけた原発事故。単なる事故ではなく、政府の言動からはワレワレを助けようという意志がまったく感じられなかった。詳細に記者会見を見ていたわけではないから全部の発言や行動を知っているわけではないが、「見殺し」という言葉が浮かんだ。見殺しは見殺しでもジワジワした見殺しだ。ある学問系筋は、放射線の影響で癌になるとしても、もともと日本人の50%は癌になるからそれが51%になるだけと、慰めているつもりなのか恐ろしいことを平気で発信していた。50%というのは100歳まで生きての50%なのか? もともと自分の体のことだけならさしてジタバタする気もない。年若い自分の家族が30年後に癌だったらその時まだ40代じゃないか。もっと若い子ならもっと早くだ。どうしてくれるんだよ。そのときは癌治療が発達しているからいいとかそういう理屈なのか。

見殺しにされても何も出来ない、どう行動していいのか分らない、誰の言っていることが正しいのか分らない、という暗闇の中で、フリージャーナリストの人たちの行動と発信が光りだった。政府(枝野さん)が会見で言うことなど、信じている人は少なくともわたしの周りにひとりもいなかった。「ああは言ってるけど本当は違うんじゃない?」と思っていた。口で言う事と内心で思う事が違うなど、誰にでもあることだ。いろいろな理由があってそうなるのだ。そこを追求する人がいないのだから、「これが記者クラブの弊害か」などと感心している余裕もこっちにはなかった。本当につらい、つらい日々だったが、紛れもなく光りがあったことを、ここに証言する。

(つらい日々、まだ終わったわけではないとはいえ)

そんなで、氏のコメント欄には自分の気持ちを書かせて頂いたので、もう気はおさまった。
そんでもちょっと腹立たしいのは、ダブルショックのトリプルショックとかさなっている時に、そういう事言わなくていいじゃないかという事だ。
人を泣かせるくらいなら、最初から頑張らなきゃいいんだよと思う。

がそうは言っても、氏のメールマガジンで知ったのは、上杉さんと葉さんと「朝日ニュースター」報道制作局長には大変な圧力が東電からかかっているそうだ。
有料メルマガ内の記述なので引用は控えるが、広瀬隆氏と広河隆一氏にいたっては地上波への出演そのものが許されていないという。

わたしはまだ原発に100%反対と決めているわけではないが、そういう圧力は許せない。

許せないからと言って、何ができるわけではないが、ともかく許せない。

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以上、「2011年のジャーナリズムを伝える」にはソースとデータが不足しているので、東北関東地震や原発事故にまつわるジャーナリズムについて、いつの日か時系列で振り返れる時がくるといいと思う。

無期限休止といえば、警察ジャーナリストの黒木昭雄さんという方が、命をはって警察の不正を訴えるということがあった。氏の場合は、ご自身が警察官出身でご家族も、ということがあり、深い思い入れゆえになさった行動。

なので、今回とはまるで無縁ですが、ちょうど、情報を黒木氏の息子さんがupしていました。


■■黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」 『ザ・スクープ』 第34弾 2011年4月3日(日) 14:00-15:25

 テレビ朝日『サ・スクープ』にて4月3日(日)に、黒木昭雄と岩手事件にかんする番組が放送されます。ご覧いただけたら幸いです。




ラベル:記者クラブ
posted by sukima at 14:31 | TrackBack(0) | ジャーナリズム | 更新情報をチェックする

2011年04月11日

反原発デモ。高円寺にて

Sunday, April 10, 2011
Anti-nuclear demonstration at Kouenji, Suginami, Tokyo, JAPAN.

2011年4月10日日曜日

このデモのことを知ったのは、前々日くらいだったと思う。
7日の23時半頃に大きな余震が来て、飛び起きた。
少し後になってツイッターを見たらまたまた飛び起きた。宮城県沖が震源地であるその余震によって、宮城県の女川原発、さらに青森県の東通(ひがしどおり)原発と六ヶ所再処理所で電源が落ちて、非常用の電源に切り替わったという。この場合非常用のが機能したからいいが、福島第一のように機能しなかったら、同じになるところだった。もし、そうなったら? 背筋が凍り付くなんていう言い回しじゃとても追いつかない。

「デモ」というと、どうしても全共闘時代の人々がやっていたやつを想像し、見通し明るい気分になれないのだが、そんな事は言っていられない。何より胸がざわついてジッとしていられず、救いの神とばかりデモに行くことにした。

おりしもその前日の夜、NHKはこの一ヶ月を振り返るとして二部構成の特番を組んでいた。
二部目は、津波被害に合った地域の避難所生活にスポットを当てたもので、一部目は、原発関係だった。
一部目には識者がふたり出てきて、ひとりは元原子力安全委員会の長だった人。もう一人は福島の医師だった。

どちらの話も、結局何も言っていない迂回と遠回りと婉曲だけの、しかし全面に優しさと気遣いだけは感じられる、それでいて結局おそろしい事を言っている内容だった。
だがちょっと見れば分るが、NHKが本当に映そうとしたのはそういうものではない。
福島第一から32キロの距離にある相馬郡飯舘村の、現在の状況、とりわけまだ、そこに残っている、何組かの、乳児幼児のいる家族だ。どうしてその人たちを避難させることができないのか。NHKはIAEAが日本政府に出した避難勧告にも触れていなかった。ただ、避難しようかどうか悩んで迷って泣いている母の姿を映し、枝野官房長官のテレビを見ながら「うーーんどうしよう」と悩む若い父の姿を映す。さらに、どうしてもここを動きたくないと言い張る無知もうまいなおじいちゃんの姿を映す。無知もうまいなんて言っちゃ悪いけれど、そのおじいちゃんの生きてきた知識(農業など)の範囲を超えたことが起きているのだ。どうしていつまでも避難できないのか。(※後日談あり)

識者の先生は「ばんぱつせい性障害は必ずなおる」と、まだばんぱつせい性障害が出ていないうちから言っていた。出るとわかっていて何もしない・できないと宣言したのと同じだった。

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少し気分を明るめにして、デモの様子などupする。

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そのデモについてWEBサイトには、14時集合、15時デモ開始とあった。なので、14時から1時間くらいは誰かの演説?であろうと踏んだわたしは、あまり演説に興味なかったため、14時半くらいに北口に着いた。北口ではすでに賑やかに演説が行われていた。この企画、いろいろな組織が集合したものとのことで、その時演説していたのは労働組合系。非常に強く、労働者の連帯ということを主張していた。

この時署名運動もしていたので、わたしも一筆署名。そのあとは手持ちぶたさになり、しばらくは何となく柱にもたれ待っていた。人の集まるところが苦手な自分だけど、苦痛な感じはなし。わたしと同じようにしている人が他にもけっこういたせいかな。

上の写真は、15時をややまわった頃に、高円寺北口を出発したところ。(以下の写真、やや順不同かも)
「行きますよー」的な感じでなにげなくスタートした。指示とかそういうのは何もなし。

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用意したプラカードを持っている人、いない人いろいろ。
プラカードの内容も、人によっていろいろだった。一口で「反原発」といっても、観点はいくつかあるのだ。
特に印象深かったのは、30代くらいの小柄な女の人が「飯舘村の子どもたちを救ってください」と掲げていたことだ。

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これは高円寺のメインストリート(だと思う)。青梅街道に向かっているところ。

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これもメインストリート。デモの参加者も多いが、見物人もとても多かった。

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ギラギラの衣装で竹馬に乗ったこのふたりは、すごく目立っていた。

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見物人や写真を撮る人おおし。

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警察の人は、歩いている最中も数人ずつずっと脇に付いて、交通整理のような事をしてくれていた。

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竹馬のふたりのすぐ後ろを歩いていたのに、途中に人数がどんどん入って、あっという間に引き離された。
人が増えてふくれてくる感じだった。

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高円寺に来る前は「世の中大手メディアの言う事を信じている人ばっかだから、そんなに人来ないんだろうなぁ」と思っていたから、人の多さにマジでびっくりした。

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この方たちは途中から側にいた人たちなんだけど、とても目立っていた。

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人おおぜい!!

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素人とは思えない、ちゃんとした撮影機材でのぞんでいる人多し。ともかく、撮影好きが多いのはびっくり。まさかマスコミのはずはないから、何者なんだろう?とちょっと不思議になった。

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東京から外国人はみな逃げ出したのかと思っていたら、けっこういた。

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ここは青梅街道かな。警察官の人は、デモ隊が片側車線を占拠しているため、白線から出ないようにえらい一生懸命だった。ここは反対の車線のないところだけど、車通りの激しい箇所もあって、そこをふくれた人数が歩くので、すごく声を張り上げていた。といっても、それほどおまわりさんのことは、気にしてないけど。

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子ども連れも多い。あとワンちゃん連れ。車いす。赤ちゃんだっこ。

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こうして歩き続けたら事故の前に戻れるというなら、どんなにいいだろうか? もし戻れるならわたしは三日三晩くらい歩く!! と思ったり、やっぱ三日は無理かなと思いながら歩く。ものすごく大勢と一緒のお散歩という感じ。

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歩道橋は青梅街道で3つか4つ通過したけど、どれも大勢の人が鈴なり。歩道橋の上は、デモの全容を見るには最高のスポットだろうから、ちょっとそちらでも見てみたかった。

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当方若い頃ここらに住んでいた。けど、そういう記憶はまるで浮かばなかった。今家にいて思い出せば色々出て来るけど、歩いている時は浮かばなかった。自分が過去にどこにいて何をしていようと、そういう世界とは別のところに来てしまった感覚だ。

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歩道橋。歩道橋同士の順番は、多少ちがうかも。

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歩道橋を見るとつい写真を撮りたくなります。

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これは高円寺駅前にもどったところかな。(記憶ちょっとあいまい)
警察の方が「流れ解散」せよと、ものすごい勢いで指示し続けている中、グズグズと流れ解散する気になれず。
だいたいどこへ解散すればいいのか。
心休まる解散先がないって、どういう事態なんだろう。


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※後日談:
さっきNHKを見ていたら、政府が避難地域を拡大することにしたという。強制だか自主だかよく分らない計画避難という言い方で。で、今まで政府は20キロ圏内とか30キロ圏内と言っていたんだけど、なぜか、今回は丸い形ではなく、飯舘村が丸々入る、という形になった。飯舘村は30キロ圏内にはわずかにかすっているだけだ。そこで、30キロプラス飯舘村みたいな形になっていた。
それなら、あの子どもたちが、避難できる?ということだ。
まあそれはいいのだが、NHKが放映したから避難というのもよく分らない話で。(NHKはICRP=国際放射線防護委員会が勧告したからだとか言っていたけど、勧告ならとっくのとうにしているでしょう)
NHKのおかげなんだとしたら、もっと早く放映してればいいのに。
本当に、わけわからない。

posted by sukima at 15:12 | TrackBack(0) | 原子力発電所 | 更新情報をチェックする

2011年04月16日

「つなぐ光」への寄付と、わたしの放射線データ調べ

「つなぐ光」への寄付を推奨します。

(以下、推奨理由を含む話)

donationというカテゴリを今年から作ったものの、なかなか更新していなかった。その理由の第一は、自分がまだ寄付していないところをスイセンするのもどうかなと思ったからだ。
が、そんなことは言っていられない。
真に寄付すべきところには、思いついたら出来るだけ早く寄付しないと、資金不足で潰れてからでは遅いのだ。
と、いうことで、今いちばん寄付をスイセンしたい

☆☆☆原発からの避難者のうち、乳幼児を抱えた母子、もしくは子育て家庭が
沖縄へ避難することを仲介する「つなぐ光」☆☆☆


子どもといえば、4月13日に政府は、「福島第1原発:子どもは年10ミリシーベルト目安」と、言い出したそうだ。

法律上、一般人の被曝限度は自然放射線からの被曝(日本の場合年間1.4ミリシーベルト)に上乗せ「年間1ミリシーベルト」であるから、子どもが対象なのに、好き勝手に変えてしまった。
いや、あるいはそれでも仕方がない、とヤムナク受け入れるとしても、今までの被曝量も計上しなくてはならないことは、武田ブログなどにしつこいくらいに書いてあることだ。

わたし自身、自分の被曝量を調べるために、あちこち調べたが、今もってよくわかっていない。
12日頃に「メルトダウン」(「爆発」という言葉の方がいいのかな)が起きたことは、政府は隠し通そうとしたけれど、今では嘘だったことがばれた。この時点で多くの放射能が漏れ出た。しかし、その量は、どこを調べても出ていない。

一番これが近いのかなと思うのは、フランスIRSNが出した12日からの放射能雲大気中拡散シミュレーションであり、それを見ると12日の分は15日に来た?と認識すればいいような感じだ。
上記のリンク元日本語版
このシミュレーション、12日から22日までであるが、これが当たっているなら相当な量が、太平洋に向かって流れていった風なので希望がわいてしまうたぐいなのである。


その後、公的機関がモニタリングポストといって、放射線量を計測、公表しはじめたのが、おそらくは15日だ。
わたしがいつも見ている計測値は埼玉県の理研のであるが、こちらも、15日からの数字だ。
(もしも15日以前の数字があるなら、見せてもらいたいと思う)

で、その15日(火)であるが、

時間 : 計測値
3:00 : 0.04 μSv/h
6:00 : 0.12 μSv/h
9:00 : 0.17 μSv/h
10:00 : 0.61 μSv/h
10:37 : 1.62 μSv/h
12:00 : 0.31 μSv/h
14:00 : 0.23 μSv/h
16:00 : 0.20 μSv/h
18:00 : 0.20 μSv/h
19:13 : 1.13 μSv/h
20:00 : 0.24 μSv/h
22:00 : 0.16 μSv/h
24:00 : 0.16 μSv/h

と高い。さらに21日から27日の間も高い。
その後徐々に下がって、現在0.10マイクロシーベルト毎時で推移している。(それでも普段の倍量)
これは、原発近くの地域に比べたら恵まれた数字だ。
実際、現在でも、福島第一から53キロ離れた福島医科大学が地上160センチ地点で計測、30秒毎にリアルタイムで出している放射線量は、低くても0.4マイクロ、高ければ0.6、だいたい平均して0.55のことが多い。
この0.55は、確かに単純に年間量としてかけ算すると、10ミリシーベルトよりは少ないのだが…。

被曝量の計算は、その時々の放射線量ではなく、累積して考えなくてはいけないとのこと。また、しばらく放射線の被曝量をうんと少なくしていれば回復するとのことなので、中途半端に東京あたりに避難するよりも、沖縄へ避難するというのは実に冴えた選択だ。

また、何より良いのはサポートということだ。累積がどうのと真剣に計算していたらお母さんは参ってしまう。サポートがあるのがとても良いと思った。


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なので、今ちょっと金欠だけど、もう少ししたらドネーションするつもりだ☆

ここをクリックすると上記毎日記事の引用です
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2011年04月17日

4月17日日曜日。くもり

恋の罪■311の影響で、他のことが止まっている

先ほど思いついて、長く放置していた記事一覧に最新の記事を付け足した。それであらためて気づいたのは、311以降は、震災と福島原発の事以外は何もアップしていないということで。311がなければ、たとえばNHKのドラマ『太郎の塔』で寺島忍演じる太郎の母が、太郎を溺愛したり突き放したりする様子が、美しくもアンモラルチックで見事だった事や、芸術のため子を千尋の谷へ突き落したはいいが激しい寂しさに慟哭するさまが、悲しくて美しかった事、などなどをアップするはずだった。
その回は第二回で、二回と三回の間に311が起きてしまった。

それに、『冷たい熱帯魚』の次の『恋の罪』はいつ公開されるのだろう。とっくに完成しているというのに。
震災&原発事故の影響で公開が延期されているのだろうか。情報によれば「セックス、生と死、家族などを通して壮絶なドラマを繰り広げる」とのことだ。311の影響がいくぶんか薄れ、平常を取り戻すまでは公開されないのだろうか? 生と死はともかく、恋とセックスは震災&原発事故ごときに影響されることなく存在し続けるはずなので、近いうちに公開してほしいなと思う。

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■内閣府原子力委員会・国民の皆様からのご意見募集

と言いつつ、やはり震災&原発事故関係になってしまうが、さっき見て思わず吹き出したのが、内閣府原子力委員会・国民の皆様からのご意見募集について(HP入力)だ。事故が起きる前や、原発建設以前の段階で募集するならともかく、放射能まき散らし放題のレベル7の大事故になってからご意見募集とは。後手後手にもホドがありすぎ。

(ずっと前からあるページかもと思ってgoogleで期間限定検索をしたところ、今年の3月28日にアップされた様子)

いよいよ「国民の皆様」にご意見募集するくらいしか打つ手がなくなったのか? ああ恐ろしい。
がしかし今は、以前のことは置いておいて、意見応募しまくるのもあるいは有効かもしれない。
実際、多くの人がこの募集に反応しているのが、ツイッターやブログでわかる。

それに、今度という今度は、日本政府には何もない事がよくわかった。
ドラマや映画では、ゴジラ大暴れや日本沈没などの緊急事態が起きれば首相のへやの秘密のドアが開いて、巨大な会議場が現れ、巨大なモニターを眺めながら国のトップエリート官僚やトップ実力者やトップ大臣が「我々は何としても我が国を守らねばならん!!××発動だ!!」とかやっているが、そんなものは何もなかった。

「あった」のは自衛隊くらいなもので、今も被災地で懸命な作業をやってくれている。が、本来なら全省庁をあげて自衛隊の救援活動をバックアップしなければならないところ、逆に孤立無援な状態においやり、他の省庁が持っている無線機能などもわけてやるわけでなし、自分のことしか考えていない始末。

それ以前の原発建設の段階からして、原子力安全委員会・保安院の仕事は原子炉が無事であればいいので付近住民の健康や土地や作物、畜産業、漁業がどうなるかなどは、管轄外

電力会社は電気作るのが仕事だから付近住民の健康や土地や作物、畜産業、漁業がどうなるかなど管轄外なうえに、200キロ、300キロ圏の国民の迷惑および将来にわたる健康被害はもちろん、海洋への長期に渡る被害など管轄外・・・

なんでもかんでも管轄外もしくは想定外というわけで、もともと人として問題ありすぎる連中が作っている世の中だったということだ。
同じ「人間だもの(わかり合える・わかってくれる)」、と油断していたのが大間違いだったということだ。

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「原発止めろ、菅を止めろ」市民デモ

わたしも10日には行ったデモ、16日にも渋谷でデモがあったそうだ。
なかなか全部のデモに参加することは難しいが、行ける時には行きたい。

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■勝間和代、原発推進から寝返ったはいいが、寝返り方が悪くてこむら返り

もともとは原発推進だったという勝間氏が意見を変えたと。意見を変えたのはいいが、東電幹部総辞職など見当外れなことを主張するなど、金をもらっておいて見苦しいとの噂。
この方の動画はまったく見たいと思わないが、勝間さんには生涯「放射線はいくら浴びても安全・無害」と、主張していてほしかった。案外、本当に、無害なんじゃないかと、ちょっとだけ希望をもっていたからだ。勝間さんに勝ってほしかった。

posted by sukima at 17:14 | TrackBack(0) | 現代社会 | 更新情報をチェックする

2011年04月18日

原発安全神話。神話だけ作って、ほんとうの安全はナイガシロ

「原発安全神話」はいかにしてつくられたか?

今月号の『世界』(という雑誌)には、「『原発安全神話』はいかにしてつくられたか?」と題し、経済評論家の内橋克人という方の文章が載っているそうだ。

『世界』はまだ見ていないが、上記ブログの引用からだけでも、原発安全神話を築き上げるために費やされたお金、熱情、人材、方法論(「PA戦略(パブリック・アプセプタンス)」)が、いかに完全にまんまと、文化人やインテリや大学教授たちを嵌めてしまい、ひいては国民も嵌めてしまったかが、戦慄とともに理解できる。

で、その洗脳工作を、「誰が」やったのか、ということであるが、引用を見る限り

財団法人・日本原子力文化振興財団、社団法人・社会経済国民会議、その他、おびただしい数の組織や団体であり、同財団の企画委員会(委員長・田中靖政学習院大学教授・当時)などである。


こんだけ力を結集し、一つの目的のために全勢力を傾ければ、ここまでの事が出来てしまうという見本だ。が、それはとてつもなく不幸な結果を生み出した。


17日に東電の出した工程表

16日までの現状とともに、昨日東電が記者会見で「工程表」を出した。

批判も多いが、評価する人は先行きが見渡せるようになったという意味で評価している。

・・・にしてもよく分らないのは、安全神話の洗脳工作をそこまで熱心にやるならやるで、その一方、本当に事故が起きない努力もすべきだろう。いったい何をやっていたのか? 東電の幹部たちは、この事故によって名誉を失い、この先私財も全部なげうって保障に回し(そうすべきだと思う)何もかも失う。被害をこうむった側の損害に較べればたいしたものじゃないので、同情の余地はないとはいえ、どうしてそんなにも愚かなのか。

そこが、不思議で不思議で仕方がない。

posted by sukima at 16:03 | TrackBack(0) | 原子力発電所 | 更新情報をチェックする

小沢一郎、ふたたびまたたび。

nikoozawa.jpg小沢一郎元民主党代表vsフツーの市民 ----「東日本大震災」と「福島原発大事故」、第三の建国に向け二つの国難にどのように立ち向かうか----

ネットメディアと主権在民を考える会という市民団体が企画し、現在10キロ20キロ圏のワンチャン猫ちゃん救出作戦展開中の山路氏が主催するAFPニュースが撮影協力した動画。


と、いうことで、おひさー★という感じの小沢一郎だ。

この動画、約40分くらい経過しないとご本人が出てこないので、それくらいから見るので大丈夫だと思う。といっても、ご本人風邪を引いているらしくて、大量の鼻汁をジュルジュルーーズゥズゥーとすすっておられるので、その音響には若干の覚悟必要

ということで難あり物件ではあるも、意外とスゴイこと言ってくれている動画ではあって。


そこらへんは後述するとして、印象深かった箇所を少しだけ文字起こししてみる。(厳密ではなく、意訳という感じで)


現状認識
OZAWA「(被害の大きさについて喋ったあと)原発ですね、これは、この先将来何十年という間、いのちと、日本経済全体に大きな影響がある。

ほんとうに深刻に考えなくちゃいけないと思っているんですね」

今の政府や官僚関係
OZAWA「今、委員会だ審議会だといっぱい作っているんだけど、むしろ役所にまかせっきりの時よりもゴチャゴチャしてしまった」

女性の質問者「津波の数日後には放射能がたくさん漏れたのに、毎日マスコミも安全安全と言い続けて、政府は、国民を信じていないのかしら?」

OZAWA「国民を信じてないわけじゃないと思いますが、言った人が責任を取りたくないから、思い切ったことをやれない。だからいやという人が多い。
何か方策をとって、言い出しっぺが責任を取りたくない、ということになる。
誰かが決断しなくちゃならない。
人の、命を損なう作業とか、
失敗したときどうするかと考え出すと、爆発だけは起こさないように、というやり方になってしまう」

質問「現場に500人いて、被爆の容量を250に変えた。被爆されても仕方ないんだと強制されて、命をかけてがんばっているんですが、そういう人を遠く離れて安全な霞ヶ関から指示している」

OZAWA「うん、まあ今回は霞ヶ関じゃないと思いますけどね。

(東電という現場に詳しい人が指揮しているのだから)被爆の限界も心得てやっているんだと、思いますけど、危険を冒しながらやっている。
危険を冒しながらやっているからには、それが有効なこうじ方でやってくれないと」

女性の質問者「子どもたちの被爆について心配している人が多いんですけど、体育とかやるの。
大人の男性、女性、子ども、許容量、違いますよね。次代を担う子たちの許容量を緩めているの、どうすればいいのか?」

OZAWA「放射線の値は、堆積の量、
住民の人がそこに住むということ、そこで暮らしていくんですから、ほんと、できるのか?
だから、元を止めるしかないんですよ」

いろいろ原発のことをさらに聞かれ
OZAWA「いやいや私は技術者じゃないですから。
思い切って、金もかけ、何もかけ、より有効な手立てがあるのは事実じゃないかと思います」

そのほか、もっともっと日本人が「ぎゃんぎゃん自己主張した方がいいこと。話し合いで主張して、決着が付いたあとはさわやかになって遺恨を残さないこと。」などを、これからの日本人にむけてアドバイスしていた。


・・・以上だけど、他にも言っていたのは、そしてえっ!!と驚いたから書き写しそびれてしまったのは、この国難のために小沢さんは決起する覚悟がある、ということだ。・・・・

つまり、今、決断しなくてはならないから、なんだけど。


といっても、最後に市民の人が言っていたとおり
「小沢さんだけ突撃させるわけにはいかない。
われわれ市民もサポートしなくては」

わたしもそう思った。

今の政府の無策と、どうやら官僚もさほど力がないらしい様子を見ると、これは本当にやばい。
いろいろな対策(福島の土地の除染など)を、しなくてはならないのだ。

(他にもたくさんあると思うが・・・)


ノンビリしていられないのである。

posted by sukima at 17:14 | TrackBack(0) | 現代社会 | 更新情報をチェックする
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