2010年12月15日

沖縄--アメリカとの関係--ウィキリークス

tokyo.jpg前回続き

残念ながら当選したのは伊波氏ではなかった。
うちのリビングのつい立には、あの日の新聞がまだ飾ってある(写真)。
これを見ると、東京新聞の扱いの大きさも分かるってものだ。
それでも、伊波氏のツイッターにもある通り、対立候補仲井真氏に「県外移設」という公約を言わせたのだから大変な成果だし、仲井真氏にしてみたら、その一言を言わなければ当選できないと判断したからこそ、言ったのだろう。

「写真で見る・知る沖縄」というブログのこの記事を見ると、細かな得票数なども分かる。普天間基地を擁する、伊波氏が市長をしていた宜野湾市では、やはり伊波氏が勝っている。一方「辺野古」のある名護市の場合は、仲井真氏が勝っている。とは言っても、有権者数-得票者数は16056票だから、伊波氏(13040票)、仲井真氏(15213票)にそれぞれ投票した人よりも、誰にも投票しなかった人の数の方が多い、ということだ。

何を思い投票を拒否したのだろうか。

2010.12.14
 官房長官「甘受」発言に反発 「差別変わっていない」と県民ら 


「レイプされても甘受しておけ」、と言っているような気持ちの悪い不愉快さマックスの言葉の最悪の使用法。イヤだイヤだこんなやつイヤだ。でもこれ、日本政府として馬鹿正直発言なんだと思う。

post12.jpg☆今週号の週刊ポスト
今週のポストは読み応えがたくさんある。

その中のひとつ、
<ウィキリークスが暴露していた『アメリカの属国ニッポン』秘密通信
 わが国はここまでアメリカの言いなりだったのか! ウィキリークスが次に暴く「沖縄・売国密約」>

扱いは他の「大奥のSEX」やら「無税国家論」とかに比べると小さいながら、これはホントに読めて良かったと思った記事。
わたしもウィキリークスの事は知っていたけど、日本に関する機密なんかないんでしょ? なんて思っていた。したらなんと、日本に関連した暴露は、国別で3番目に多いそうだ。そんなにネタの豊富な国だったのか日本。というか日本の場合、政府や大企業だけではなく、それらと独立しそれらの不正を告発するはずのマスメディアからして挙動不振だから、暴露すべきことはいかにも多そうだ。

それはともかく、現在暴露されてるだけでも、日本がアメリカの言いなりなのが丸分かり、との記事。

2010年12月10日 19時00分12秒 Wikileaksはなぜ世界中の国家を敵に回そうとしているのか?

ウィキリークスは入手した一次ソースをどうするのかという興味深いお話。
いくら「すごい情報仕入れた!!」といっても、それはそれだけでは膨大すぎて誰も読まないし関心も持てない。
読んで、検証して、その意味と価値を確立して、読みやすい形に整形して広められる人でないと、どんだけすごい一次ソースも生きてこない。それをやれる情熱と価値観の持ち主でなければならない。さらに時間も必要。さらにさらに、受け手も無関心ではいけない。

ウィキリークスは必要だと思う。と、いうのも、国家と国家の上層部が変につながる、イヤーなグローバル化が今後どんどんありそうだから。全部が全部悪事とは断言できないけど、「秘密」にしたがるなら「搾取」っぽいことである確立は高そう…


------------------->>>>つづく


posted by sukima at 04:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 普天間基地 | 更新情報をチェックする

2010年12月22日

『疑惑』--1982年の映画--今日のマスメディアに通ず

疑惑今年はおーーきなパラダイムシフトっぽいのが起きた年だった。それが何かというと、マスメディアのやっていることや言っていることが信用できなくなったがために、ネタ元としての信用度が失墜、ソースとして引っ張ってくるのが困難になったということで、ぶろがーとしてやりにくいこと甚だしくて困っている。
ただ、彼ら---大新聞やテレビの報道関係者---の利害に直結することでないニュースならば、特にねじ曲げる理由もないだろうから、そういうニュースを選んで取り上げるという方法もあるし、そうやって、現代社会の鏡としての犯罪に焦点を当てるのも悪くないとは思う。しかし、であっても、彼らの取り上げている犯罪ニュースというだけで気分が悪いし、そもそも彼らは警察からの情報頼みなのを理由に、かなりのところ警察と緊張感のないナァナァの関係にあるらしい。そんな話を聞くと「やだなぁ」と思うし「他人の犯罪で騒ぐ前にやることあるんじゃないの?」と思ってしまう。

そんなでテレビ見る時間がめっきり減ったので、家人が借りてきたDVDを鑑賞する時間が増えた。
これはそんな中の一本。製作1982年とかれこれ30年近く前の映画なため「ずいぶん昔の映画借りてきたねー」なんてちょっと文句を言ってしまったけれど、見れて収穫だったので紹介する。

疑惑←概要はこちら
アマゾンレビュー(2005年DVDのレビューより、2007年のこっちのがオススメ)

感想に関してはアマゾンカスタマーレビューが素晴らしいので、そちらに譲ってしまうけど、柄本明の演ずる「北陸新聞の記者」ってのが、今の時代のマスコミにそのまま通じているため、この時代にそれを活写した野村監督と松本清張氏の慧眼と妥協なき製作欲に感服した。この記者は、富豪の後妻である球磨子(くまこ。桃井かおり)がいかにも財産目当てで結婚した感じの悪い女だからと、勝手に球磨子を犯人と決めつけ「ネガキャン」を展開、世論を味方につけさえすれば、ない事実もでっち上げられるとばかりあることないこと書き立てて、<球磨子=すごい悪女、だから生命保険金目当てで夫も殺す>というイメージを広め、それが裁判にも影に陽に影響していく。これ「北陸新聞」ちゅうローカル紙にしたのはせめてもの温情で、本当は大新聞ってことにしちゃって良かったんだよなぁ。ただ、そうすると、桃井と岩下という女同士の関係を主題にしたいところがずれてしまうし、そもそもマスコミ様がご機嫌を損ねて宣伝しなくなっても困るから、あえてローカル紙にしたのだと思った。

実際その通り、マスコミの悪党ぶりよりも、桃井かおり演じる、どこまでも可愛げのない自己中高飛車女ぶりがいっそすがすがしくて、それを最後の最後まで貫いて凄かった。そればかりではない。そこへ加わる優秀なる弁護士の岩下志麻が、これまた憎々しいほど理に走った、それゆえ愛娘も、やさしげな女性(別れた夫の再婚相手)に奪われてしまうという、もう泣くに泣けない悲しい職業女のサガ全回で、まぁ今の時代でこそ、こういう生き方も多少支持されてはいるとしても、やはり仕事にだけ生きる女ってどうなの? という疑問符はあって、今だに未解決ではある。そこへラストシーンにいたって球磨子が「あたし、あんたみたいな女だいっ嫌い」とのたまい、「あんた、自分のこと嫌いでしょう?」「あたしは、あたしが大好き」とまで言われ、誰のお陰で冤罪にならずにすんだと思っているんだつう。それでも岩下志麻のことを球磨子は認めているんだ、なんて柔な心理や友情心は別になく、生き方違うもんは違うもん同士。

そんなで二大女優の激突が最大の見物となっている。
そんな中、柄本明演じる記者は、最後の最後まで、つまり、<実は球磨子は犯人ではなかった>と判明した後になってもまだ、岩下志麻演じる弁護士を非難している。これは、あんな財産目当てで男を食い物にするような悪党女は、冤罪でもなんでもいいから死刑になればいいのだ、という心理なのだ。


こいつ、ホント怖い。
おっかねーーーーと震えてしまう。

posted by sukima at 14:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャーナリズム | 更新情報をチェックする

2010年12月24日

もうひとつの核なき世界 / 堤未果

もうひとつの核なき世界著者の堤未果サン、ずっと前に『ニュースの深層』で誰かの隣りでサブキャスターをやっていたのは確かなのだけど、その誰かが誰だったか思い出せず、本当に最近は記憶力が鈍って、もっともそのお陰で厭な事もすぐに忘れるから助かるとはいえ不便ちゃ不便。その誰かが誰だったにせよ、職業柄当たり前とはいえペラペラとよく話す人だったから堤未果さんにあまり出番はなかった。堤未果さんは、そういう場所にいるには深く物事を考える聡明な人に見えた。だからといって、隣にいた誰か(男性だったのは確か)が聡明でないとかそういうことを言いたいわけではなく、第一ある程度は軽いノリの暴走脱線気味の出演者でなければテレビの間はもたないし、そうでなくても、人はただただ時間を埋めるためだけに、内容はともかくひたすらよく喋るものだ。元来無口なわたしですら、最近は側に人がいるとジュークボックスにコインが入ったかの如く、ろくに考えず口から音を発している。最初のうちこそ脅迫的に追い立てられてそうしていたのだけど、慣れれば割とそういう次元の住人になってしまうもので、それがあたり前のようになった側面もある。

この本は、わたしが持っていた著者のイメージが当たっていたことを証明した内容だった。のだけど、無論そんな事は本書にとってどうでもよい。本題の発端は、オバマ大統領が昨年9月に発した<「核なき世界」構想>で、そのわずか数週間後にオバマ大統領はこの一件でノーベル平和賞を受賞し、さらに一年後には「裏切り」の臨界前核実験をやってしまい… と、その都度当ブログも間抜けな感想をupしているので是非とも探さないでほしいけど、本書はわたしの感想を全面的に書き換えた。

この本は独り言にも近いような、こういうドキリとする語りで始まる。
「世界には、<絶対正義>に隠れてしまうあいまいさがある」
ここでいう絶対正義は、オバマの核廃絶に向けた演説の光輝くまぶしさで、本書はその影に隠れて見えなくなってしまった数々の現実に焦点を当てていく。その現実にはいくつかあって、最大のものは「劣化ウラン」の被爆被害だ。「劣化ウラン」とは原子力発電所の要はゴミで、これを使って武器が多量に製造、使用されている、というのだから、そこからして驚く。劣化ウランは多くの被爆被害者を出しているにも関わらずアメリカ政府は劣化ウランの有害性と被害を認めていない。

最初の章には、湾岸戦争で被爆した帰還兵たちの証言がたくさん並ぶ。悲惨だ。
同時に、こうも思う。彼らは、広島や長崎に落ちた原爆のことをろくに知らない。もしも知っていたら、核から漏れる放射能の怖さがいくらかでも想像できたろう。それに、自分たちが加害者になった原爆投下について知ろうともせず兵士に志願するなんて、いったい何を教わってきたのだ、と。そう、兵士のひとりが言う通り「因果応報」に近いようなことがアメリカで起きているのだ。正直「いい気味だ」という印象も持ったと白状しなければならないが、因果応報されているのは末端の兵士なわけで、やりきれない。

そのような無知を生み出した背景にある、アメリカの歴史教育にも、多くのページがさかれる。
有名な話であるが、アメリカでは原爆の投下は正当化されている。ただ、この件もいろいろと変化して、必ずしも全面的に固定したものではない。ただ現況としては、教育に市場原理が持ち込まれていて好ましい印象はないよう。
著者は感情をあらわにしない冷静な筆致で、さまざまに多様なアメリカ人の考えを取材していく。これ、読んでいて結構不愉快になって読むのがだんだん苦痛になってきてガス欠を起こした。なので途中気分を変えて「エピローグ」を先に読んだら、いくらか持ち直した。わたしと同様になった人はそうした方がいい。


--------------->つづく

posted by sukima at 16:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 軍事、戦争 | 更新情報をチェックする
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