2010年02月02日

フィギュアスケート、ペア



ニポンってペアになるとぱっとしない。
まだまだ子どもなのかな…


posted by sukima at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | 更新情報をチェックする

無縁社会~“無縁死” 3万2千人の衝撃~

無縁社会~“無縁死” 3万2千人の衝撃~

 これは数日前の夜(1月31日(日) 午後9時00分~9時58分)にテレビをつけていたら始まったのでそのまま引き込まれて見てしまったNHKスペシャル。

 死後幾日も経過してから遺体で発見される、という死に方の人が、ここ数年で急激に増えていること、また、これからもさらに拡大することが予想されることをテーマにした内容。自分も孤独死するのではないかと考える人が、どう予備的な行動をしているか、今現在どういう心情でいるかを、男性、女性とりまぜ数人に取材している。
 その一方、遺体で発見され身元を特定できないような人の遺骨がどう処理されるのか、生前の荷物がどう扱われるのか、素朴な疑問への解も効率よく盛り込みつつ、わずかの手がかりから氏名や故郷やかつての職場を特定し、生きている間どのような人物だったのか、その像を浮かび上がらせていく。

 浮かび上がらせてといっても、その胸のうちを、こうだったろうああだったろうと勝手に憶測する要素はほとんどなく(以前のNHKにはそういうところがあった記憶が)、孤独でみじめな生涯といった意味づけをほどこしていないところがよかった。そんな嫌らしい意図を持たなくても、充分に胸にズンときたし、また、映像も光の当たり具合やアングルなどに、映画のような柔らかい陰影があってささやかな演出として利いていた。

番組中に出て来た元看護師さん このような死が増えていることの原因を番組は「地縁・血縁・社縁」をなくした現代の暮らしにあるとする。が、原因追求自体はメインのテーマではなく、取材対象となった幾人かの人々がメインだ。中でも特に印象的だったのは、元看護師で現在70代の女性。親の介護をしながら仕事にまい進してきて、結婚する機会を逸してしまったという。生涯の宝物は、現役時代に患者さんからもらったぬいぐるみで、包んでいるビニールを年に一回交換しながら、長年大事にとっているという。彼女はすでに永代供養の共同墓地的な一角を予約済みだ。彼女は普通の墓石を見ながら「ああいうひとりの墓はいやなの」と言う。そして「あちらにいってまでひとりぽっちはいや。それにあちらにいっても看護の仕事をしたい」と。彼女の日々の暮らしぶりがどういうものなのか、完全に誰とも交際のない毎日なのかは分からないけれど、もしもそうなら、どこかの場所へいって何か喋らないと(自分の経験とか)もったいない、とわたしは思った。

 その女性の他には、元企業戦士+糖尿+うつ病罹患経験+バツ一+子あるけど疎遠、と図式化しては悪いけど、そういう苦しい身の上の男性も出て来た。定年して間もないようで、それほど高齢ではないものの若干身体機能の低下があるような動きで表情も固い。そういう人はなかなかと心の奥底をさらさないものだろうと思えたけれど、かつて銚子に赴いたときに出会った老夫婦の話をし始めたあたりは、涙涙がとまらなくなるほどで、今思い出してももう泣けてくる。(尺八を吹いていたそうだ。その演奏がよほどよかったのか、夫婦がよほど慈しみに満ちて見えたのか、詳しくは語らない唐突さで、取材の人も無理して聞きだそうとしないため詳細は不明であるけれど、語りだして泣いているのである)。「ああいう風に、自分も生きたかった」と、泣くのである。

 この方もこういう番組に出演したことをきっかけに、もっと誰かと話ができるといいと思う。
 尺八なんか吹けようが吹けまいが関係ない。誰かと話すこと、そういう場所があることが、一番ココロを活性化するし楽しいし救いをもたらすと思う。(最悪、ブログで表現、でもいいけどもあれは向き不向きがあるし、PCを揃えたりと敷居が高いし、声で話せるのだからそっちのがいいと思う)
 この方は、孤独死を絶対避けたいため、早々と老人ホームに入居しているのだけど、あまり人と交流があるようには見受けられなかった。

 そういうことのできるオープンな場所があれば、と思うのだけど。
 けっして強要ではなく集えて、話せる場所が。

☆ ☆ 

 お二方は、もちろんまだ健在の方だけど
 どこかミステリじみても来るのが、遺体でみつかった人。
 比較的共通しているのは、家族がいないわけではないこと。いても、疎遠であること。
 つまり、家族の絆が崩壊している、ということなんだろう。
 どうして崩壊してしまうんだろう。考えられるひとつは、地元に職がないなど、故郷を離れたくないのに離れざる得なかった場合。次は、親の価値観と衝突するなど、親がうっとおしくて離れた場合と色々あるかと思う。

 番組は、拙速に「解決策」を提示しなかったところが、逆に信用できる。もとより「孤独死」や「無縁死」自体は、殺人や泥棒のような犯罪、つまりその被害にあいたくないと断言できる、<明らかな問題>ではないのだ。また、ひとりでひっそりと死んでいく人を、そうと知っていて通り過ぎていくことも、明々白々に否定すべきことかどうかは、まだ確定してはいない。

 その段階から、それぞれが検証しなくては。
 (孤独死するのと、生活に好ましくない介入が入るのと、どっちが嫌かは、検証されないと)

 「社縁」にいたっては終身雇用の時代ではなくなったのだから、もはや仕方がないでしょう。

 唯一地縁だけが、ゆるやかに人と人をつなぐことが出来るのじゃないか? と希望を持つ。
 ただ、旧来型の古い人間関係のルールが頭にあると、なかなかと人と関わることも面倒になってしまう。

☆ ☆ 

 いつか続く。
ラベル:NHK 孤独死
posted by sukima at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 助け合う社会 | 更新情報をチェックする

地域。新しい人間関係

前々回追記

今yahooブログ検索でなにげに「無縁社会」調べたら、すごい反響。
(反響たって当ブログが、ではなくて、NHKの番組じたいが)
わたしもちょっと読みに行ったのだけど、たとえば

☆「2010-02-02 つながりの《作法》こそが課題」(ここ
「そこに手掛かりがある」というのだが、これではノスタルジーでしかない。 小学生が地域社会に溶け込めた60年代と違って、今は成人男性が小学生と会話しただけで通報されるのだ

というのは、わたしはうまくいえなくて素通りした箇所なんだけど、あのおじさんのケースをもって「(解決への)手がかり」とするのは、確かにそれだけでは無理がある。

この困難を、クリアできれば。
少女との関係に限らず、どの年代同士どの性差同士でも、「新しい作法」は、必要になってくる気がする。

作法といっても
息苦しくなく、義務ではなく、自由で、おおらかで、喜びのあるものがいい。
posted by sukima at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 助け合う社会 | 更新情報をチェックする

2010年02月09日

どうなったどうなった小沢VS検察--東京新聞編--

小沢VS検察騒動(事件)が「小沢不起訴」でとりあえず決着し、紙芝居をハラリとめくるようにTV画面は朝青龍話題一色に代わってから早数日が経過した。7日の朝刊には読売新聞、そして我が購読中の東京新聞も「小沢不支持率72%」と伝家の宝刀の「世論調査」を一面に持ち出して、すかしっ屁をかますかの如くで休刊日を迎え、ほっと一息ついた模様であった。でもって本日9日の朝刊で何言うのかなーと楽しみにしていたら、その一面は「キリン・サントリー破談」という、それがどうかしたの? な話題だった。
続きを読む
posted by sukima at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 警/検察・官僚 | 更新情報をチェックする

どうなったどうなった小沢VS検察--毒蛇山荘編--

infoseek内憂外患この話題の発端は、infoseekの内憂外患なるコンテンツの一企画<【1月18日生中継】「『新撰組』化する警察&検察&官僚がニッポンを滅ぼす!」>(参照)だった。

といってもそれはわたし内部の話しで、本当の発端はinfoseekなどより遥かに以前にさかのぼる。
少なくともロッキード事件(1976年)。あるいは太平洋戦争での敗戦にまで遡り、GHQの支配を受けた歴史などが影響している、らしい。
続きを読む
posted by sukima at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 警/検察・官僚 | 更新情報をチェックする

2010年02月11日

ゴールデンスランバー

ゴールデンスランバー冒頭この映画は、やけにタイムリーな映画だった。
なにせ、国家や警察組織といった巨大権力にはめられ、無実の罪で逮捕されそうになるところを、必死で逃げまくる話だからだ。これを見ると、無実の人間を容疑者に仕立てることなど、大権力にとってはお茶の子さいさいに容易なのがよく分かる。

→ちょととだけ展開を明かしています。注意。続きを読む
posted by sukima at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | Review | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。